沈み込むソファの柔らかさ、
近頃少しずつ暖かくなりはじめた春の日差し、
休日の午後は町の喧騒を遠くに聞きながらも穏やかだった。
「本を読んでほしい」と子どもたちにせがまれたのは小一時間ほど前のことだった。子ども向けの中世ファンタジー。あまり自信はなかったが、子どもたちの薄桃色の笑顔に根負けして請け負うことにした。子どものまったく毒のない笑顔って言うのも、罪なものだ。
三人でリビングのソファにならんで本を読んでいた。真ん中のクラウドに寄りかかるようにして子どもたちは話を聞いている。物語は意外と長く、今日中にエンディングまでたどり着けそうにない。けれど、次回に持ち越すのもいいかもしれない。また次の休みもこうして本を読んであげるのも、そのまた次の休みにも。
背に日差しの、両腕に子どもたちの体温の暖かさを感じる。クラウドは一定のテンポとトーンで、あまり感情的にならずに本を読んだ。そうすることで子どもたちが落ち着いて物語を読み取ることができると知っている。自分の母もそうしてくれた。ゆっくりと、低いクラウドの声が休日のリビングに流れていく。
「まわりはたくさんとげをつけた茨で覆われていましたが、耳元で妖精がはげましてくれていたので・・・・・・」
―――――――ねえ、イバラってなあに?
マリンが小さくたずねる。そういえばこの子は茨なんてみたことがない。
「こう、全身にいっぱいとげがついた蔓とか茎とかをいうんだ。この話だとたぶん、これくらいの」
そういってクラウドはマリンの手をとって爪をみせてやった。
「これくらいのとげだと思う。固くて、刺さると本当に痛い。」
デンゼルが顔をしかめた。「それじゃお城まで行けっこないじゃんか。」
「行くわよ。妖精がついているのよ。」
クラウドは本に戻った。マリンの言うとおり、妖精の力をかりて茨を切り取りつつ、城への長い道のりを進んでいった。
こうして物語に触れているうちにクラウドは少し懐かしくなった。純粋なファンタジーに触れるのはいつ振りだろう。そうでなくとも現実は常に荒廃していて、世間が夢を見ることといえば、高いビルの高い階に席をもつことになっていた。この本のような空想の楽しさは、いつしかはじっこに追いやられていって、しまいには子どもたちが触れる隙間もない。
だからこの本を買ってきたのはティファだと知って、彼女に心から感謝した。自分はあまりそうではなかったが、子どもたちが想像を楽しむのはいいことだと思う。
物語は進み、主人公は小人の村にたどりつく。
するとクラウドはここで小さな異変に気がついた。
子どもたちの呼吸が深く、体は完全にこちらに寄りかかっている。どうやら眠ってしまったようだ。
「・・・・・・・」
暖かくなってきたとはいえ、こんなところで寝ると風邪をひくだろう。起こそうかと思ったが、それをやめ、少し考えたあとポケットから携帯をとりだした。
キッチンで作業をしていたティファにメールが届いたのは午後2時のことだった。確認するとメールはクラウドからのもので、彼はさっきまでリビングで子どもたちに本を読んでいたはずだった。その彼のメールにティファは首をかしげた。
『こっちに来て』
どういうことなのかしら。本を読んでいるんじゃないの?とりあえず、疑問をかかえてティファはリビングへ足を向けた。
部屋に入るとすぐに事情がわかった。声をかけようをすると、クラウドが人差し指を口元にあててジェスチャーした。口の動きだけで彼はこう言った。
し ず か に
そばによってみると子どもたちは本当にぐっすり眠っていた。「いつから?」と彼に低声でささやくと、「今さっきだ。」と返ってきた。
「起こそうかと思ったんだけどな、あんまりぐっすり眠っているから。毛布を持ってきてやりたいけど、ちょっと手が離せそうにない。」
たしかに、子どもたちは彼にもたれかかるようにして眠っているから、立ち上がったりすると起きるかもしれない。
そしてティファは毛布を三枚持ってきた。少し驚いた顔をしているクラウドにささやいた。「あなたも眠ったほうがいいわ。」
いいよ、とソファから立ち上がろうとする彼をティファは押し返した。
「動かないでよ、二人とも起きちゃうわ」
「でも俺は寝ないんだってば」
「どうしてよ」
「どうしてって・・・・」
そしてクラウドはうつむいた。たしかにどうしてなんだろう。子どもたちと寝るのは悪くない。でもなぜだかそうしたくない。
そんなクラウドを見て、ティファは言った。
「少し怖い?」
はっとクラウドは顔を上げた。そのクラウドに、ティファは続けた。
「慣れちゃうの怖い?」
「・・・・・・・」
「いいじゃない。この子達は簡単にあなたのこと嫌いになったり、どこかに行ったりしないわ」
「・・・・わかってる。でも」
そう言って、罪悪感が残っていることに気がついた。自分がとった行動は絶対に許されることではない。理由はどうあれ。
「いいわ。決まってるじゃない」
「決まってる?」
「そう。決まってる」
だってこの子達はあなたのこと大好きなんだもの。
顔をそらし、激しく瞬きした。何か自分でもよく表現し切れない感情がわきあがってきた。泣き出しそうになる。愛しい?いや、違う。そんなたかだか数文字で表しきれるような、チープで薄っぺらいものじゃない。もっと、大事で、それでいて自分でもよくわからない。
情けない。今は彼女の顔ですらまっすぐ見ていられない。のどが詰まり、胸が苦しい。
クラウドの目のふちがかすかに赤くなっている、そんな姿を見てティファは微笑んだ。手を伸ばして頬に触れ、こちらを向かせた。
「ねえ、大丈夫よ」
「うん」
「これからどうなるかわからない、今までいろいろあったもの。でもいいこといっぱいあると思うわ、私」
「うん」
となりで眠っているデンゼルとマリンを思った。そして目の前にいるティファを思った。これからも俺はここに帰ってくるだろう。その中でいろいろあって、それでいいこともいっぱいある。今は子どもたちは安心しきっているのに、怖がってる自分の方がよっぽど子どもだ。昔から、俺はせわしなく、不安だ。でもそれらのたいていはくだらない杞憂に過ぎなくて、今ここで微笑んでいるティファの声やまなざしと同じように未来は穏やかなのかもしれない。今はそう確信しても間違いじゃない。
大きく息を吸って、はいた。
「いいかな?」
「うん、いいわよ」
だから、そう、おやすみ。そう言って彼女はクラウドの額にキスしてやって、微笑んだ。心が暖かく、軽くなっていく、慈しむようなまなざしだった。
「おやすみ」
部屋を後にする彼女の後姿を見送りながら、クラウドは全身の力を抜いて、もう一度大きく呼吸した。
こうしていると、子どもたちの大きさをしっかり感じる。まだ小さいマリンの少し高い体温や、やせているデンゼルの骨ばった肩の感触。昔聞いた、子どもは神様がつかわした天使だ、という故事を思い出した。たしかに、この子達は翼が生えていない天使だ。その幼い二人の寝息を聞きながら、次の休みも本を読もうかと考える。この調子だとエンディングにたどり着くまでにはかなり時間がかかるだろう。でもそれもいいかもしれない。なにも子どもたちばっかりが俺のこと好きなわけじゃない。
さらにもう一度大きく呼吸して、目を閉じる。子どもたちの寝息を聞き、休日の春の日差しを浴びて、さっきの彼女がくれた暖かいまなざしを思い出しながら、クラウドはゆっくりと白い夢の中に、意識がするすると入っていくのを感じていた。
―END―
初めて書いた文章。国語力のなさとか内容のカオスさとかこれからの課題その他を含んだものになっちゃった。
というかマリンやデンゼルはもうあんなファンタジーもの読む年でもないかもしれない。後悔してるのとしてないの半分ずつ。