今日は天気がよかった。でもこれから週末にかけて天気は崩れるらしい。たしかに風が強いけれど、素人目でみたらそんなこと考え付かないようないい天気だ。今、目の前にあるのは抜けるような真っ青な空と、洗濯されたばかりのシーツを連想させるような純白の雲だけだった。
ティファは洗濯物を干しながら目を細めた。まぶしい。
雲は本当に白く、何かの力で押し固められたかのように盛り上がって、それがいくつも群れをつくっていた。そういえば旅を終えて少ししてからあんな雲を見た。私はそれをみて「浮き島みたい」と無邪気に指差したものだった。そう、あのときはまだ白く、無邪気でいられた。
となりには静かに微笑むクラウドがいて、そして今はいない。
いなくなってもうすぐ二ヶ月になる。でもあのときのことを私はかなり覚えている。その前のことも、その後のことも大体は。私にとって、強い印象だった。
空っぽの部屋、埃っぽいにおい、寂しそうな声、瞳。風のない日だった、クリアな軋みと私のくだらない愛の言葉。フローリングの無慈悲な輝き、グラスを床に落として粉々にしてしまった。切れた皮膚からあふれ出す血液の赤さと味。あのとき彼の唇はかすかに乾いていた。
記憶は断片的だけどそれらが数珠つながりになって、今も私を絡め取っている。でもそれ自体は完璧な不快さとは違って、私は思い出すのを止めないときもあった。だれだって自分を哀れんでいるときは、大体が生ぬるく怠惰な幸せの中にいるものだ。
こうしてただ洗濯しているときだってそうだ。私は忘れてないことを自覚する。時間がたてば過去はプラスの方向に美化されるっていうけれど、本当なんだろうか。
洗ったばかりのタオルがひんやりする。風が吹き付けて私の髪はバラバラに流れていく。ある日突然短く切った髪。私は物干し竿に無造作に洗ったものをかけていきながら、週末に降るだろう雨のことを考えた。
雨はきらい。こんな風に簡単に洗濯できないし、暗くてじめじめしているのも、どこに行くのも億劫になって部屋にこもりがちになるのもいや。
私はまた思い出す。あの夜は雨が降っていて私たちは同じベットにいた。あの時私は半分泣きながら彼にこう言ったものだ。
「どこにも行かないで、そばにいて。あなたがいなかったら私は死んでしまうわ」
だから、お願い。ひとりにしないで、もう寂しいのはいや。そばにいて―――――――
彼がうなずいて、暖かく抱きとめられた覚えがある。あれが幸せというなら、幸せなんてどこにもない。あれを愛と呼ぶなら、愛はどこにもない。あったとしてもそれはあの時彼と一緒に霧散してしまった。だから心にぽっかり穴が開いていて、残ったのは寂しい空間だけだ。風が吹き荒んでいる。
なんであんなこと言ったんだろう。今はいろんなことをひどく後悔している。
「あなたがいなかったら私は死んでしまうわ」。唇をうごかして実際に発音してみる。なにもかも薄っぺらくて、むなしい。あんなの、全部嘘だ。彼がいなくても私は死んだりしなかった。現に今、私は何もなかったかのように洗濯物を干している。
クラウドがいなくなったと分かったとき、私は動揺しなかった。
むしろストンと落ちるような納得と確信があった。ああ、そうだね、とうつむいて静かに息するしかなかった。出て行ったことに対する感情は少ししなくては現れなかった。その感情もひどくゆがんでいて、正視できたものじゃない。でも彼がいなくなったことで私はさほど毀損されなかった。あの人の居場所は私じゃないと前から分かっていたから。
私たちはいつもお互いを見ていなかった。いつも頭で勝手に創り上げたイメージをかぶせて、本当のお互いなんて見てなかった。今はそう思う。
きっと彼にはそれが分かったんだろう。だから出て行った。
干した洗濯物を軽く手でたたく。しわができないように、形が崩れないように。
こんなに気をつけて管理していても、服やタオルは形を崩していくし、くすんだ色になったり薄くすり減ったりする。最初はきれいで厚みがあったはずなのに、どうしてそのままでいられないんだろう。どうしてきれいなままでとっておけないんだろう。
今日みたいないい天気だって、週末には当たり前のように荒れてしまうようにできている。だから私はこういうとき、もう何も無かったと思うことにした。きれいな洗濯物や、天気、思い出だって一緒くたにフタをしてしまおう。洗濯物は汚れていて、天気は荒れたまま、思い出はいつも嫌だったことばかりにしておこう。悲しかったことや辛かったところだけをピックアップしていれば、私はもうあのころに戻りたいとはもう思わずにすむ。
でもそれがただの応急処置、目くらましに過ぎないということは私自身がよく分かっている。こんなことしてもやっぱり、悲しいから。全部嘘だから。ただ、あのころを平静に美化するには時間がまだ足りてない。今はこうやって自分をごまかして暗示にかける以外に自分を保てそうにもなかった。
干し終わった洗濯物が風をうけて大きくゆれている。向こうには先ほどと同じ、抜けるような青い空と浮き島のような白い雲があった。風が強いから雲は引きちぎれて形を変えていっていた。ちぎれていく、雲が。
『雲、ね。クラウド。浮き島みたい』。
そういって笑っていたのは私だけだったと思いたい。あのときの幸せはまやかしで、勘違いだった。あの人と雲は同じだった。名前だけじゃない、気がつくと形をかえて目の前からいなくなってしまう。
いっそ私も千切れてしまえば。心が壊れてしまったらどんなに楽だろう、彼がいなくなったことで本当に死んでしまえたら。
死なないでいるのはまず子どもたちのことがあったし、それに私自身も嫌だった。彼は私が死んだら自分のせいだと思うだろう。それできっと私のことを本当にうるさく思うだろう、迷惑だといってもいい。あの人はいつだって私に影響を与えたがらなかった。そんなのいや。だから時間が全部美化し切れるまで、私の心の彼を愛した部分には死んでいてもらわなくてはならない。
いつか私がリセットし切れるまで、それまででいい。それまででいいから、あなたを想って心の一部だけでも死なせて欲しい。ねえ、それだけなら許されるでしょう?だってそうしないと私はきっと堪えきれそうにない。
彼が出て行ってもうすぐ二ヶ月になる。私はもう寂しくない。
悲しくない、苦しくない、辛くない、愛していない。
嘘!本当は私は・・・・・・
気がつくと私は固く目をつむって下を向いていた。きれいに洗い上げられた洗濯物がひらひらと風に揺られていた。
すばやく思考をたたんで、いい天気に背を向ける。私は今日も何もなかったかのように家に入り、扉を閉めた。
―END-
出て行って中途半端な時間がたったころのティファの心情。心はそんなに簡単に決まらないと思ったからこんな感じで、ACのときにはもうだいぶ落ち着いてたと。あの時はクラウドの心を考える余裕ができてたみたいだし。それまではこんなんでかな?って、だらだらかいてしまったorzもうちょっと暗めで苦しい感じのやつかけるようになってみたいなあ。