派手なネオンと喧騒で、今は夜だとは思えない。普段は騒がしく思うんだろうが、ゴールドソーサーはそういうところだし、そこが魅力だ。楽しむべき騒々しさ。
観覧車が、目の前で回っている。
今日はバレットに誘われて家族全員で来ていた。今朝、バレットが迎えに来たとき、マリンが嬉しそうに父親にかけよって、手を握っていたのを覚えてる。デンゼルもバレットになついていたから一日中ニコニコしていた。そして子どもたちに囲まれて、誰よりもバレットが大きく笑っていた。幸福という言葉がぴったりと当てはまる光景だった。
ティファと俺は二人で連れ立って別行動をした。バレットがそういう気遣いをしてくれたことにお互い気づいている。まるで恋人同士のように(いや実際恋人だ)、アトラクションを巡った。なんだか照れてしまって、うつむいて黙ってしまうことのほうが多かったけど、単純に楽しかったと思える。ティファだってそうだったはずだ。今日はいつもよりはしゃいでいた彼女にすこし引きずられるようにして遊んだ。いつもより多く声をあげて笑って、くたくたになるほど騒いだ。
ただ、ここには思い出の痕がかすかにのこっていて、俺はそれに時々苛まされた気がする。ピンクの服を着た、ふわふわした栗色の髪をもった影が、何度も目の前をよぎった。罪悪感というより、わずかに形が違う、物哀しくほのあまい。エアリスとここに来た記憶。
ティファはそんな俺に気づいてただろうか?少しハイになって見逃していてくれたらいい。別に後ろめたいことなんてないけど、きっと寂しく思うから。あんまり楽しそうだから。
目の前で観覧車が回っている。
夜になってホテルへ行き、ベッドに入っても昼間の興奮が冷め切らなくてお互い眠れなかった。高いテンションと濃い疲れが体の中にある。こういうときはある程度リフレッシュしないと寝付けないものだ。
「ねえ、今から観覧車乗らない?」
身をおこしてティファが言った。反対する理由はなかった。
そして今、観覧車が目の前で回っている。
もちろんここにだって影はあった。しかも独特の存在感を持って。
ここに前に来たことがある。エアリスと。こんなふうに夜に部屋を抜け出して、デートした。
「あなたに会いたい」
あの人はそう繰り返した。あのときは何のことか分からなかった。でも今は違う。あの言葉は冗談でも比喩でもない。まっすぐに俺へ向けたメッセージだった。まともな返答はできないまま、ついには返事のやりどころを失くした。花火の音が聞こえる、夜のゴンドラ。今は、俺はここに来てはいけない気がする。
そう思うとなんとなく足取りが重く、しまいには入り口で立ち止まってしまった。
隣でティファが怪訝そうにしている。そして不安そうに。でも俺を促そうとはしなかった。このままでいたくなくて、俺は口を開いた。
「・・・・・・・前にここに来たことがある。エアリスと」
「・・・・・・・」
ティファは何も言わなかった。それがくるしく、やり切れなくなって、俺はすぐさまゴンドラに乗り込んだ。
二人とも向かい合って黙ったまま、窓の外を見ていた。押し固められたセメントのように重く硬い沈黙。
花火の炸裂を見ながら、俺はさっき彼女に言ったことをはげしく後悔していた。何故あんなひどいことを言ったんだ。言うべきじゃなかった。当たり前だ。
ティファは黙って窓の外を見ていたが、ついに口を開いた。
「今さっき思い出したわけじゃないよね。ずっとそうだった。今日は特に」
「ああ」
俺はうなだれた。こちらはしっかりと見られていたのだ。
「気づいてたのか」
「もちろん」
「ティファ」
「いや、言わないで。言い訳しないで。私が気づいてなかったと思うの?」
俺はティファを見た。うつむきがちで窓の外へ視線をやっている。花火の光の移り変わりのせいで表情はうまく見えなかったけど、無表情のままかと思っていた彼女はすこし笑っていた。でもおかしくて笑っているわけじゃなく、眉根をわずかに寄せた、苦い笑みだった。ダメージを受けた人間がする表情。間違いなく俺の浅はかさが傷つけた。でもこんな顔、させたかったわけじゃない。
「すまない」
と言おうとして、やめた。その言葉はきっと言ってはいけない。傷口に指を突っ込むのと同じ。でもこのまま黙ってるのはもっといけない。口を開きかけたとき、彼女の言葉が遮った。
「あなたは」
「・・・・・?」
「あなたは愛してたのよ。エアリスを」
「・・・・・・・」
愛してた?ああ、たしかにそうかもしれない。さっと霧が晴れるように自分を見つけた。そうか、そういうことだったのか。すると自然と口が開いていた。
「ああ。でも」
「・・・・・?」
「でも、それはティファも同じだろ?」
ティファがはっと顔をあげた。その顔がとたんに泣き出しそうな風になった。
「クラウド」
「うん?」
「違うわ」
「違わない。たしかに違いはあるけど、きっとそれは視点だけだ」
「嘘。クラウドは・・・・・」
「そうだ、愛してるよ。でもそれはティファの思ってる愛じゃない」
「どんな」
「聞いてくれ」
そう、エアリスがいると気持ちが楽になったし、いなくなったとき、ひどくくるしかった。人を愛するって、そういう感情の動きで証明できるはずだ。でもティファとエアリスへの気持ちはそれぞれ違う。
「エアリスには、うまくは言えないけど、そう、憧れてたな。近くへ行ってみたかった」
「・・・・・・・・・」
ゴンドラがトップに到達する。今俺たちは一番高い位置にいて、おそらくここから落ちると二人とも死んでしまう、という意味のないことを考えてしまった。当たり前の話、この観覧車はそこまで脆くないはずなのに。このまま暗いだけの下へ墜ちていきたくない。
「俺はね、こんなだからさ。エアリスがうらやましかった。あんな風に自分をまっすぐ表現できなかったから。ひねくれて、全部自分の内側で終わらせようとしてた。でもエアリスは違った。自分を隠そうとしなかった。表現することをためらわなかった。明るくて、一緒にいて惹かれた。あの人はいつも陽が射してるみたいで、それで、俺は・・・・・・・・」
だめだ。自分にがっくりと失望する。気持ちにフィットした言葉が見つからない。やっぱり言葉じゃうまくいえない。それに言葉だけじゃ足りない。でも足りない言葉も、それを補うだけの表現方法を俺は持っていない。これじゃ何にも伝わらない。どうしてこんなときに気の利いたことがなんで言えないんだ。
「さみしい?」とティファがたずねた。
「・・・・・・そうかもしれない。でもきっとそんなことないよ」
「矛盾してる」
「してないよ」
「さみしいでしょ」
「ティファにそう言われることがさみしい。なにも俺は昔に戻りたくてあんなこと言ったんじゃないよ」
「違う、・・・・・・」
違う、ちがう。そう小さくつぶやいて首を振っていた。でも俺から見えるティファの方がずっと寂しそうだ。花火にかき消されそうなほどか細く、悲しそうな声。
「さみしいのよ。だってエアリスがいないから。だってここにいる私はエアリスじゃないから」
「それはちがう。そんな風に思ったことない」
ティファがうつむいて、足元のあたりに視線を落とした。そして、もう一度窓の外を見遣った。
花火のけたたましい音が俺たちのいる空間にこだまする。多色な光が何度も彼女を塗り替えていた。いろんな彼女が明滅していく。
青は悲しんでいるように見える。水色は涼しい印象に見せる。紫はちょっと艶っぽく見える。ピンクは彼女をより愛らしく。かわって赤は怒ってるように見えた。オレンジはおだやかそうに見える。黄色は活発に見せた。
緑は。緑はあのときの星の光を連想させた。あの人を思い出さずにいられない。こんなふうに向かい合って花火を見たことを。でも俺の目の前にティファとエアリスのふたりが同じように座っていても、ティファのイメージとオーバーラップはしていなかった。錯覚でも暗示でもない。ティファは誤解している。自分を代替品だと勘違いしている。俺はそんなこと一度も思ったことない。ティファは俺の過去を映し出すスクリーンじゃない。ふたりとも同じく大事なひとたちだけど、俺の中で厳格に区分されている。気持ちが違うことを、分かって欲しい。
「エアリスがいなくてもさみしくはない。悲しいんだ。後悔してるんだ、いろんなこと。だから時々思い出すことがある」
ティファは貝のように押し黙ったまま。俺のやってしまったことはたしかに過ちだったけど、それでもなんとかしてこの人を開きたい。
「だけどティファ、俺はここに二人でいることを後悔してるわけじゃないよ。昔からずっとティファと一緒にいたいと思ってたし、それは変わらない。むしろ、そう、俺は・・・・・」
語りながらもうひとつ気づいたことがある。
「俺は、ティファが欲しいよ」
上手なことは言えない。でも断言できる。ありふれて使い古された言葉でしかないけど、俺をこんなふうにしか表現できない。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・ティファ」
不意に、かすれ気味の声が返ってきた。
「分かってる。
分かってる。でも、ごめんなさい。これ、きっとたぶんただの嫉妬なの。困らせたかったわけじゃない。聞きたかったの、クラウドのこと、分かってるわ。
・・・・・ねえ、クラウド」
「何?」
花火に目を向けたまま、ティファが一呼吸する。まるで重なって煩雑になった書類を整えるみたいに。そうしてぽつりとだけど明瞭に語りだした。
「クラウドの言うとおり私も、私もエアリスを愛してる」
「うん」
瞳がぶつかった。夜気を吸い込んだ、濃い深紅の瞳。
「クラウド、私が欲しいって言ったよね」
「言った」
「だったら捕まえておかないと」
「いいのか」
「もちろん、でも」
「?」
「でも、高いわよ」
言いざまにティファがこちらにむけた悪戯っぽい笑みに心臓が高鳴った。フィジカルで挑発的な表情。鬼ごっこのときに鬼になった者に向ける、からかうようなしぐさ。魅了されて五感が正しい機能を失った。花火の炸裂音が、すっと意識から遠のいていくのを感じる。本当に言うとおりに捕まえてみたくなる。きっと俺の手に余るだろう。
「困ったな、いくらするんだ?」
「あなたと同じ」
「え?」
「同じ値段よ。私もあなたが欲しいから」
「・・・・・・・なあ」
「何?」
俺は腰を浮かせた。今日の俺は制御ができないらしい。本当に捕まえてやる。
「そっち行ってもいいか?」
「だめ」
「何でだ、捕まえないと。ここから出たら逃げられるかもしれないだろ」
「だめよ。ふたりともこっち側にきたら、こっちだけ重くなって、こう」ティファが手で円を作って傾くジェスチャーをした。「観覧車傾いちゃうじゃない」
「まさか」
不覚にもふきだしてしまった。なんだそれ、俺はもうその気なのに。
「ティファ」
「花火、きれいね」
「・・・・・・・」
もう花火なんてそれほど意味のないものになりつつあった。ただの炸裂現象にしか見えない。ただ気がつくと、すでにこの観覧車はタイムアップ寸前のようだ。閉塞的で、互いの距離の近いこのゴンドラが終わる。でも互いの距離はそう遠くないし、もう少しこのままふたりでいてもいいような気もする。
そんなことを考えてるうちに観覧車が終わった。扉がひらいて、ここから出なくてはいけない。花火の音が、背後に遠ざかる。
目が合ったのはゴンドラを出てすぐのこと。
「・・・・・・・・」
何も言わず、二人とも微笑した。
ふたりで並んでホテルまで戻る。手をつないで帰りたいけど、こういうとき過剰なアタックは胡散臭いだろう。
それにきっちり捕まえておかなくても、彼女はどこかに行くわけでもない。
だけどひかえめに彼女が小指を握ってきたのを、どうしようもなく嬉しく思う自分にあきれた。
歩調が自然にそろって、なんとなく帰り道の距離感が狂う。だからホテルにたどり着いてもふわふわした気持ちのままだ。
部屋にたどり着いても、ベッドに体をくぐらせながらも、たぶんもう眠れそうにないな、と自覚するだけだった。今、おそらく1時過ぎ。「おやすみなさい」と彼女が言っても、まだ寝る気になれない。
やはり眠れなかった。しばらく黙って横になっていたけど、暗い部屋の天井を見続ける孤独に耐えられなくなって、ティファのベッドにこっそり潜り込んだのはその30分後。拒まれるかもしれないと思ったけど、意外にも温かい腕に抱き取られた。
「眠れないの?」と囁かれて黙ってうなずくしかない。くすくすという笑い声が耳元で聞こえる。
ティファの腕の中は温かくて、
このまま眠ってしまいそうだったけど、
彼女の静かな吐息、一定のリズムで刻まれた鼓動がとても心地いいから、
・・・・・・もう少しこのまま起きていてるのもいいと思った。
―END-
何を血迷ったかうっかり発言で自爆したクラウドがティファに救われるというお約束なパターン。なんかもう書いてる途中でくだらなくなってしまったけど、結局時間をかけて修正しまくった一品。まあ、たまにはこんなのも書きたかったです。
私のFF7初プレイのときのデートイベントは、ティファではなくエアリスでした。個人的にティファのことをマジで好きになったのが、アイクシルエリアとその後の大空洞らへんでしたから。ちょっと手遅れ。二人とも大好きなんですよ、かわいいから。
べつに徹底的にクラティマンセーなわけでもなければ(それでも大好きですけど)、これといってクラエア好きなわけでもないです。ただ、クラティを語る上でエアリスの存在は無視できません。ただ攻撃的な内容になってしまいましたorz何でこんなこと書いたかわかんないです。たぶん仲睦まじい二人に爆弾投下したかっただけ(最低www)
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