真夜中に扉がノックされた。深夜1時半頃。たずねてきたのはユフィだった。暗くて顔が見えないがひどく動揺して、不安がっていることがすぐに分かった。
「どうした?」
「ティファが」
「うん」
「いないんだ」
「いない?」
「うん、寝るときにはいたんだけどね」
―――――――――――気がついたら、クラウド、どうしよう。
声がか細く聞こえるのは周りを起こさないためだけではない。こんな真夜中、今にも泣き出してしまうのではないかと思われた。
「あたりは探したんだけど、やっぱり」
「分かった、少し遠くを探してみる。だからここで待ってろ」
「うん」
部屋に戻るように指示して、同室のバレットにも一言告げて宿屋の外に出た。もちろんあたりは真っ暗だ。深夜のアイクシルロッジ。寒かったし少し風がある。しかし月があって雪が光るから、まるで目が見えないわけでもない。
それにしたってこんな時間に女一人が外に出て危険がないはずがない。否、彼女がそれを分かっていないはずはなかった。
クラウドは焦った。今のティファの状態は不安定だ。自分だってこのところ妙だし、なぜか感情がまとまらないことが稀ではない。他のメンバーだって誰一人として平静でないだろう。息が詰まりそうで、そしてどうしようもなく自暴自棄になりそうになる。
だってそれは――――――――――――――エアリスが死んでしまったから。
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グローブの中の手が少し汗ばんでいるような気がしている。でも高揚感も焦りも何もない。
ただ前に進んでいたい。そうしないと今すぐ崩壊してしまうだろう。私の心とかいうヤツや、こんな風に規則正しい呼吸や歩調、握り締めた拳でさえ。
でも崩壊したって一体なんだというんだろう。もうどうなったっていい。
ざくざくと雪を踏む音が耳障りだ。なんて無能で、なんて無神経そうなリズム。
今日、アイクシルロッジにたどり着いたとき、ひとつの空き家を見つけた。もう人がいなくなってずいぶん経ったようだった。そこに残されたビデオの内容が頭から離れない。
今まであんなに悲しくなることなんて滅多になかった。部屋の冷たさが思い出される。そんなはずないけど、なぜかここよりもずっと寒いと感じられた。だからもう私は動揺しない。
だから、今モンスター10匹に囲まれているのに本当に冷静だ。
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宿屋から離れて大分時間が経つ。それでもティファは見つからない。PHSで宿の連中と連絡してみたけど、やはり彼女は戻ってきていないそうだ。
ティファ、一体どこにいるんだ。
ロッジを出て、森に入った道を進んでいた。ここでようやく彼女のものらしい足跡を見つけた。おそらくここから離れていないところにいるに違いない。
道が途切れた。しかし妙なのは、足跡がまだまっすぐに続いていることだ。しかも標識が立っていて、
『このさきキケン。モンスター大量発生地帯。すすむべからず。』
と、警告してあった。・・・・・・・・・嫌な予感がした。
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善戦しているほうだと思う。すでに敵は半分まで減っているし、どこか大きな怪我を受けたわけでもない。ただ、いろんなところに小さな傷をつくって、血が流れ出しているのは自覚していた。そして寒さでだんだん手足が重く鈍く、そして固くなっていることも。
もちろん敵は寒さなんて平気だ。気候に適応しているからここに発生する。動きが軽やかで、雪で足を捕られたりしない。
でも私はただの人間だから、すぐにだめになった。このあとちゃんとケアしておかなければ、汗が冷え、凍傷をおこして手足が腐り落ちるだろう。
そんなことをぼんやりと考えているうちに横ざまになぎ倒された。体が宙に吹っ飛び、近くにあった大木に叩きつけられた。
背中から肋骨を突き抜けて肺へ、衝撃が伝わり呼吸が止まった。呼吸器官が機能停止をおこしてまともに息ができなくなる。喉から腹部にかけて、締め付けられる感じがする。空気の中なのに、溺れたように苦しい。頭が真っ白になり、動けない。
死ぬ。――――――・・・・・
こうなるともう指一本動かせない。意識がもうろうとして、気を失いそうになる。
ああ、ここで死ぬんだ、ということだけははっきりと意識できた。もうだめ。相手はもうとどめの準備にかかっている。このまま雪に埋もれて、人知れず命を失う。
でもそれは、悪いことだろうか?そもそも警告の表示を承知した上でここにきたのだから、むしろ・・・・・・
大きく牙をむいて、モンスターが飛び掛ってきた。目をつむり、あの人を思い出した。
ギャッ、という声を聞いて、びっくりして目を開いた。
そいつは真っ二つになって、赤い血(赤いはずだけど、暗くてよくわからない)が雪に溶け出している。自分の前に、クラウド。
何しに来たんだろう・・・・・・・。
そんなことしか考えられなくなっている。今はただ、苦しい、くるしい。
彼は何ごとかを自分に言ったが、よく分からない。雪の上に倒れこんでいるから、とても体が冷たい。
しばらくそのままになっていると、クラウドは駆け寄ってきた。言葉が変で、たぶん少しパニックを起こしているようだ。
それでも優しく抱き起こされて、背中をさすって、とんとんと軽く叩いてくれた。これで少し楽になれた。
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クラウドは自分が怒っているのを自覚していた。でもその怒りの対象が何なのかはよく分からない。
女一人に寄ってたかっていたモンスター?勝手にいなくなったティファ?彼女が出て行くのを止めることができなかったユフィや仲間たち?それとも、俺か?
そして今自分は本当に怒っているのか?実はもっと別な感情の気がする。もしくは、入り混じっているか。
でも何で、でも何が・・・・・・・・・
とりあえず自分は興奮状態にある。それは分かる。だからすでに敵を殺したときの記憶が無いし、ティファに対しても言葉がまともにかけられない。
彼女は雪の上に倒れていた。呼吸が浅いを通り越して、まったく正常にできていない。おそらく体幹にダメージがいっている。まずは気道をまっすぐにしてやって、呼吸を手伝うために背中をさすったり、軽く叩いたりする。するとようやくまともな呼吸に戻った。しかし体がずいぶん冷たい。
早く連れて帰らなければ。暗くてよく見えないが、きっと傷も負っているはずだ。
肩をひっかけていこうとしたが、どうやら足が痺れているらしく立てなかった。当然だ。担ぐとまだ危険だし、どうしよう。
さんざん迷って、おぶって帰ることにした。両手の自由が利かなくから気がひけたけど、今はこうするしかない。
ティファの手をとって肩に掛けようとしたが、急に拒まれた。
「いい」
「よくないよ」
「自分で帰る」
そんなの無理だ。立てないのに自分で帰るだなんて。彼女は抵抗したが、あまりにも弱々しくてすぐに自分におぶわれた。
そのままおとなしくおぶわれていたが、軽い抵抗を感じる。動けないのにこちらを突っぱねている。
「楽にしてろよ」
「・・・・・・・・・」
でも彼女はそうしなかった。だから俺はどうしようもない気持ちになる。
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自分で勝手に飛び出して、結局クラウドに迷惑掛けるだなんて本当に情けない。自己嫌悪。
だから彼は優しくしてくれたことに、意地を張ってしまっている。クラウドに罪はないというのに。
どうして来てくれたんだろう。今はピンチではない。だからヒーローが別に来る必要がない。
どうしてここが分かったんだろう。せっかく痕跡が残らないように雪のなかを飛び出してきたのに。死体も隠してしまうつもりだったのに。
なぜか唐突に、昔のことを思い出した。まだ5つのときのこと。隣の家のおじいさんが、死んだ。
たぶん90歳ぐらいの人で、あまり面識はなかったけど、お葬式に家族で参列したことを憶えている。せまい村だったから、参列したのはうちだけじゃない。おそらくどの家も行っただろう。
母に手をひかれて、棺が埋められるのを見た。そこで私は思っていたことを母に聞いた。
「ねえ、どうしておじいさんはしんだの?」
それは素朴な疑問だった。事故に遭ったわけでもないし、病気だったわけでもない。私が知っている死因のなかで、そのおじいさんに該当するものは無かった。
母はきちんと説明してくれた。こんなふうに時々思い出すときがある。
人は生きていける時間が決まっていて、それはルールなんだそうだ。人はこのルールの上で生きていく。おじいさんはその時間のルールどおり死んだ。
たしか母はそんなことを言った。あのときはうなずいたけど、もう私はそのことに納得できなくなっている。
ママ、ルールがあるなら何故みんなおじいさんのように年をとって死んだりしないの?どうして当たり前にルールが破られてるの?みんなルールを守って長生きして欲しかったわ。
どうして・・・・・・・・・
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今何時ぐらいだろうか。きっとみんな待っているに違いない。
帰り道が長い。それだけ遠くに来てしまっているということ。ようやく例の標識のとこまでたどり着いた。
「ティファ、ここに標識があるだろ」
「・・・・・・・・・・」
「だめじゃないか」
返答が無かった。でもしかたないと思った。
「・・・・・・ティファ、心配したよ」
吐く息がとても白いことに今更気づいた。ここはとても寒かったんだな。
「何かあったらどうしようかと思った」
いきなり、ティファが強くしがみついた。
「ルールは」
「?」
「関係ない」
「・・・・・・・・・・」
「クラウド」
「・・・・うん?」
「・・・・・・悔しい・・・・・ッ」
そうして、しずかに押し殺した声で泣き出した。もう何も言ってやれなかった。こんな短い会話だけで、人は傷を自覚することができる。
「・・・・・・クラウド」
「なに?」
「昔、うちの隣のおじいさんが死んだの、憶えてる?」
「ああ・・・・・・」少し息をついた。
クラウドが5つのときだ。そのときのことを反芻する。
憶えてるよ。葬式にだって参列した。俺は母親に手を引かれて、棺を埋める場に立ち会った。村中の人間が集まっていて、俺たちの前にはちょうどティファの家族が並んでいたっけな。初めて体験した身近な死の記憶。そういえば俺は父親が死んだときの記憶が無い。
ティファはお母さんに『どうしておじいさんはしんだの?』とたずねていた。あのときおばさんがティファに言ったことを良く憶えている。とても印象に残ったから。
『ティファ、
人にみんな、生きていける時間が決まっているの。おじいさんは長生きしたでしょう?
人の人生はレールの上で生きていくのよ。
おじいさんは、レールが終わっただけなの』
前にいるティファはうなずいていた。でも俺はその言葉に震えた。母の手にしがみつき、必死で泣き出しそうなのをこらえた。レールが終わるのを、想像した。寿命、それは俺にもあるということを。
思えば大往生だ。あのおじいさんは89歳だった。だからそれから俺はなんとなく人は89歳になったら死ぬと考えるようになった。でも今は、現実はそうじゃないと烈しいくらいに意識している。
とくにあんなことがあった後では。
背中にいるティファが、必死で泣くのを止めようとしていた。そんな無理しなくていいよ、と言ってやりたいけど、できなかった。それでも何か声をかけてやりたかったけど、何を言っていいか迷ってるうちにロッジにたどりついた。
宿の前で赤い炎がゆれていて、レッドと、レッドにしがみついたユフィがいた。二人ともこちらを見つけて飛んできた。
レッドは半狂乱だったし、ユフィはべそかいていた。ティファはもう大丈夫だと思われたけど、すぐに部屋につれていって、ユフィには治療を頼んだ。
背中から下ろされるとき、ティファは「ごめんね」と言っていた。誰に言ったのか分からなかった。
そのあと部屋に引き返すとき、廊下にヴィンセントが立っていた。どうやら待っていたらしく、針のような視線でこちらを見ている。
「大丈夫だったよ」
「・・・・・・そうか」
今の自分の気持ちをなんというんだろう?そんなつもりなかったのに、口だけが勝手に動いていた。
「なあ、ヴィンセント」
「どうした」
「・・・・・・・・・悲しいって、」
「・・・・・・・・・」
「どういうことなんだろうな・・・・・・」
ヴィンセントは答えなかった。視線を落としている。
部屋に戻るとシドもバレットも起きていた。結局だれひとりとして冷静でいられている奴がいないってこと。
でもこの状況で正気でいられるわけもない。
眠ろうと横になってようやく気づいた。口の端が切れていた。今の今まで、どうして分からなかったんだろう。
―END―
急に思いついて発作的に書いた一作。あまりの雑さ、チープさに頭をかかえましたが、まあしょうがない。急ごしらえだもの。
とりあえず、エアリスが死んだ直後の私はちょっと動揺していたのでメンバーも同じ目にあわせたかったんです(ちょwww)
ティファとクラウドの記憶に少々誤差があるのは仕様です。あえて明言はいたしませんので、どう捉えていただいてもかまいません。ご想像にお任せします。ただ、当時クラウドが記憶に問題があったということに焦点を置いています。でもティファにもあやふやな部分が多々ありましたので、今回の考え方はみなさまのお好みでお願いします。
・・・・・・・・もうちょっと深い設定が書きたいという新たな壁にぶつかってしまいました。精進します。
書いたあときづいたんですけど、ケット・シーがいなかったorzまあ、ドンマイ。