店が久々に定休日だからと、家族そろってめずらしく夕食は外で済ませた。すこし不思議な、でも不快でない違和感が残った。子どもたちも新鮮だったらしく、終始にこにこしていた。デンゼルのうきうきした言葉に、帰り道のマリンのスキップに幸福になる。
鼻歌を歌っていたのはティファだった。どこかで聞いたことのあるメロディ。クラウドは思わず一緒に口ずさむ。でも節がずれたり、音がまったく違ったりして苦笑い。だけど、楽しい。
まだ西の空が明るいけど、もう十分に夜と呼べる時刻と暗さ。ただ、この時間はたいてい静かになり始めるはずなのに、大きな人だかりに出会った。どうやら何かの野次馬のらしい。
デンゼルがそちらに駆けていく。ティファが制したけど、マリンも駆け出していった。
「火事だ」
という声が聞こえた。
子どもたちを追いかけると、民家がものすごい勢いで燃えていた。視界のほとんどを占領する、赤く、黒く、熱い炎。煙がひどくて咳き込む。炎が隣の家に燃え移り、大きくなる。炭になった柱が倒壊していく。
ここに居たくない。この光景は、むかし焼失した自分の故郷を思い出させるから。単純に怖い。
帰らなくちゃ。ここにいては正気でいられなくなる。ティファは叫びだしそうなのをぐっとこらえて、子供たちを引き寄せた。炎を目の前にして、体が血の気を失って冷たくなっている。
「帰ろう」と声をかけようとして、クラウドを見ると、彼は真っ青な顔をして立ち尽くしていた。
呆然と立ち尽くして、火事の様子から目を離さない。
―――――――――――いけない。
そう直感したティファは、石像のように固まったクラウドを引きずるようにして、家まで帰った。その間、クラウドはやっぱり炎から目をそらさなかった。
クラウドが、子どもたちが心配そうにしているのに気づいたのは家の玄関の前だった。
ああ、そういえば・・・・・
ようやく正気をとりもどした。
だからほっとして、倒木のように床に崩れ落ちた。ティファや子どもたちが何か叫んでいたけど、それも遠くに消えていった。
意識が戻ったのはしばらくしてからだった。
「気がついた?」これはティファの声。ずっとそばにいてくれたらしい。
「・・・・・うん」
どうやら寝室で横になっているようだ。まだ意識が混濁していて、目がまわる。
「なあ、ティファ」
「なあに?」
「ひざ、貸してくれないか」
「うん」
頭から血が下って、落ち着いた。少し甘えてみて正解だった。頭をなでられるのは恥ずかしいけど嬉しい。
恥ずかしい?子ども扱いされているから?
ああ、
それとも、
それは母しかしてくれなかったから?
「・・・・・・・・・ティファ」
「ん?」
「火事だったな」
「・・・・・・・うん」
そう思って目を閉じると、視界が真っ赤になる。まるで嘲笑するかのように炎が踊っていた。
あのとき、あの場所を離れることが出来なかった。他人の家の火事だというのに、恐怖で身がすくんだのを覚えている。見ちゃいけないと頭では分かっているのに、そこから目が離せない。
思い出して、また固くなる。
「怖かった。村が焼けたときを思い出したんだ。おれは・・・・・・」
語りながら声が震えて、息が乱れていく。
「クラウド、もうやめて」
そういって抱きすくめられた。腕の中は、暖かい。でも、体がうっすらと寒くて仕方が無いのは何故だろう。
あのとき・・・・・・・・・・
村に異変があると気づいて、すぐに家に帰った。すでに火が家を覆っていて、あわてて玄関に入ると、そこで母が死んでいた。血だまりに浮かんだうつ伏せの母を今でも憶えている。とてもまともで、自然な死とは思えなくて、俺はパニックを起こした。
「かあさん」
ゆすっても声をかけても反応しない母が悲しかった。涙があふれたけど、何の意味も効果も無かった。
「かあさん」
子どものように泣きじゃくり、それでも火事を起こした家から死体だけは連れ出そうとしたとき、焼けた柱がこちらに倒れてきた。母の死体が下敷きになった。
ひどい、肉の焼けるにおいがして、俺はさらに動転した。「かあさん!」と叫んで、わめいて、どうにかしたいけど、出来ることなんてなかった。
ふと背後を振り返ると、そこにあいつがいた。
あのとき俺は何かを言ったと思う。でも何を言ったのかは思い出せない。正気じゃなかったし、その前後の印象が強すぎるから。でも母を殺したのはあいつだということは明らかだったから、攻撃的で、戦闘的なことを言ったはずだ。実際に何かしたかもしれない。それすらも今は覚えていないし、もう意味が無い。
気がつくと、正体不明な衝撃で俺は吹き飛ばされて、気を失っていた。
後悔だけは自慢できるほどたくさんある。村に帰ってすぐにティファに名乗り出せなかったことや、ただ命令に従って動いていただけの自分だったり、あのとき母のそばを離れたこともそうだ。いつだってあとから悲しいだけで、何も俺はしていなかったじゃないか。
だからこんなに苦しく、むなしいだけ。
突然、ティファが声を出した。震えて、かすれている。
「クラウド、もう思い出さないで」
「そんなの」
そういった瞬間、涙があふれた。
びっくりして止めようとしても、もう収まりがつかない。ぐっと息を詰め、唇をかんで、ただ、泣いた。
ティファの言うとおり、思い出さなければいい。
たしかに、
ただ、そうすればいいだろう。
でも、どうしても出来ない。
あふれかえってくる。
かき乱される。
こみ上げるような、突き上げるような感情が、ティファの体に腕をまわしてしがみつく形をとった。
そしてちいさく、いとしい人を呼んだ。
「母さん」
返事は、ない。
あの人の声が聞こえることはもうない。
それが自然で、当たり前だけど、悲しくって仕様がなかった。
でも、今日火事に出くわさなかったら、もしかしてこの悲しみは俺のバックヤードの中で凍結したままだったのだろうか。思い出さなかったままが良かったんだろうか。
きっとそれも残酷なことなのかもしれない。
過去がそのまま消えたように無くなることが、どれだけ楽で、どれだけ寂しいだろう。
今までの延長線上に自分がいる。
今でも視界が真っ黒なのは、体が冷たいままなのは、頭痛がやまないのは、息が続かないのは、耳鳴りがするのは、涙が止まらないのは、別に不思議でもなんでもない。
そのまま押し殺した声で泣き続けた。
ティファが「声出して泣いてもいいんだよ」と言ってくれたけど、出来なかった。
もしかしたらティファも泣いていたのかもしれないけど、気づく余裕は無かった。
―END―
ちょっと予想外に短く終わっちゃって困ってます。まあ、内容が薄いだけなのかもしれないですけどww
テーマは昔のことというあいまいなテーマです。昔のトラウマとかってどうしたらいいんでしょうね。ガツっと解決できたら、人間苦労しないんでしょうねきっと。
家族や家や自分の住んでいるところをあれだけめちゃくちゃにされてまともじゃいられません。なんて考えたりすることがあります。つまり、前から書きたかったんです。
まだ甘いところがいくつもあるので、もうちょっとキツめ苦めのやつを書いてみたいなって考えてます。