こねこのころ

 

 
 
「スコール、大きくなったね」
 
そういわれても今はあまり嬉しくない。昔はきっとこの言葉を強く望んでいたはずだったのに、今は少し皮肉に響いた。でも何がどういう風に皮肉なのか、自分でもよく分からない。
 
そして目の前の墓標にも、何の感情もわかない。いや、感情がわかないのではなく、わいた感情についてよく把握しきってないということかもしれない。ただ、自分が今の状態をあまり快く思っていない、つまりはすこし不愉快なのだ、ということは自覚していた。
 
そう、あまり気分が優れない。おだやかで暖かい天気、風。背の低い草花があちこちを彩って揺れている。気温も景観も悪くない。むしろ良いほうだろう。しかしそれをしのぐほどの不快。
 
スコールは隣にいるエルオーネ―――――以前はこの人の方が自分よりも背が高かったのだ―――――を見遣った。ざわざわする。自分の中の何かが。肩の位置にあるその人の口が、語りだした。
 
「どう?」
 
「どう、とは?感想を言えと?」何の変哲もない、石でできた墓標ですね、と言えばいいのか?
 
「怒ってるのね」
 
「別に」
 
もう帰ろうか、とエルオーネが歩き出した。でも今日中には絶対にエスタまで帰れない。おそらくウィンヒル村へのことを言っているんだろう。残念なことに、そこへも行きたくない。こちらの理由ははっきりしている。
 
なんだってこんなところへ連れて来たんだ。その理由は、分かるようで分からない。このことが不愉快の原因だろう。
 
本当はラグナおじちゃんも一緒に来れればよかったんだけど。そう言ってエルオーネはうつむいた。それはもっといやだった。
 
さわさわとゆれる草原をふたりで歩いた。さきほどの墓標が遠ざかる。
 
墓標には、『レイン』と刻んであった。
 
村へたどり着く。住民の明らかに不快そうな視線が体中に張り付いた。あからさまにこちらを邪魔がっている。ここはよそ者を極端に受け付けない体質にあることを以前経験していたが、それでもじっとりとした視線には耐えられないものがある。
 
もう夕暮れ時だったから、ホテルに泊まった。しかしここでも不快さを露わにされることは変わらない。
 
ふと、エルオーネが名乗ればどうなるだろうと思った。提案しようかと思ったが、やめた。意味のないことのように思われた。
 
部屋が同室だったので少し焦った。そんなつもりは毛頭ないが、それでも若い男女のはずだ。でもエルオーネはそんなことちっとも気にしてないようだ。これはこれで少し落ち込んだ。大人の男として見られてないようだからだ。
 
夜が来て、あたりが暗くなる。当たり前だけど、自分と暮らしている場所とまったく異なった地域でも、同じように夜は訪れるのだ。多少の差異があるだけで。
 
・・・・・・なぜこんなことわざわざ考えたんだろう。ここに来てからというもの、どうも余計なことばかり考えて、落ち着かない。
 
ルームサービスで食事をとると、もう今日は何もすることがない。このまま眠って、明日になればエスタまでエルオーネを送っていく。今回のスコールの仕事はただの護衛だ。いつもと違うことといえば、班を構成せず、ひとりで護衛に回ったことだ。そこまで危険な仕事ではないためかもしれないためか、エルオーネはスコールを指名してきた。
 
互いにまともな会話はない。拒否したからだ。そうすることで核心をついてしまいそうで怖い。知りたくない事だってある。
 
まだ宵の口だったけれど、もう寝ようと思って歯を磨いた。ルームサービスの味はなんとなく口に合わなかったなと思いながら。きつい薬品のにおいがする歯磨き粉で口の中を洗浄する。このにおいも好きになれそうにもない。
 
ベッドに入り、目をつむる。すでにエルオーネも横になっていた。暗いし、かすかに向こう側をむいていたから本当に眠っているかどうかは分からない。
 
うまく眠れない。頭の中が混乱していて収拾がつきそうもない。いろんなことを考えて、思い出して、どんどんいやになっていく。
 
横になったまま軽くめまいを感じる。そして今日ここへ来るときの列車のなかのことを思い出した。エルオーネとの小さな会話。
 
「レインって知ってる?」
 
「知ってる。ただ、面識はない」
 
「面識ねえ」
 
「ない。そうでなくちゃ困る」
 
「困るの?」
 
「・・・・・・・・」別段困ることでもない。でももうこの質問には触れたくないと思って口をつぐんでしまった。またしてもエルオーネは質問をよこした。
 
「ウィンヒルには行ったことが?」
 
「ある、一度だけ」
 
「実際に?」
 
「実際に。あまり好感が持てないところだった」
 
「・・・・・・・そう」
 
・・・・・・・・・・・あれはひどい言葉だっただろうか。面識がない。好感が持てない。あのときのエルオーネの表情が思い出された。小さく浮かんだ悲しい顔。
 
もう軽いパニックを起こしつつあるのを自分でも気づいていた。体温が上がったり下がったりする。全身が汗でびっしょりと濡れている。なんども逃れるように寝返りを打ち、吐き出すようにため息をついた。でもそんなことでは楽になるはずもない。
 
「スコール」
 
ふと声が上から降ってきた。いつの間にかエルオーネがベッドサイドに立っていて、こちらを見下ろしていた。やはり暗いから顔が見えない。とりあえず、起き上がった。
 
「何か?」
 
「眠れないのね」
 
「・・・・・・・・・」
 
こちらに手を差し伸べてきた。でも触れられる前に視線を逃がした。するとエルオーネは何かを言い出そうとしたけど、それをさえぎるために自分から声を出した。
 
「俺」
 
「?」
 
「・・・・・・・俺、変わっただろ」
 
「いいえ」
 
「うそだ」
 
そんなわけない。明らかにかわったはずだ。あのころにくらべて、背も伸びたし声も低くなった。骨格だって、体の厚みだって大人になった。髪が固くなってひげも生えた。戦うのに必要な筋肉だってついた。ガンブレードだって扱えるようになったし、たくさん知識も身についた。なにより、もう簡単なことで泣いたりしない。
 
それなのに、こんなに違うのに、何が変わってないっていうんだ。
 
「うそじゃない。全然変わってない。スコール、スコールのままよ」
 
スコールのまま、だって?
 
殴られたような気分だった。スコール。その名前は自分のものなのに、やけに遠くに感じられた。
 
エルオーネがいう『スコール』っていったい誰だ?それは俺なのか?
 
「スコール」
 
「ちがう」
 
視線をそらしたままだ。今は目を合わせたくない。顔を見られたくもなかった。
 
「スコール、大きくなったね」
 
「・・・・・・・・・・」
 
エルオーネはベッドサイドに腰掛けた。スコールは、それでも視線をそらしていた。
 
たしかに大きくはなった。でも大人になったとは、言ってくれなかった。変わってすらいないんだから。その言葉はスコールを落ち込ませるのに十分な重さがあった。
 
だってこの人をきっかけに自分は変わる決心をしたから。大人になりたいと思ったから。
 
努力はした。しかし結果は出ていないということだ。
 
虚無感にかられた。自分を見失ったといってもいい。そのまま黙っていると、エルオーネは自分のベッドへ戻っていった。
 
去り際に「おやすみ」とささやかれたが、おそらくもうどちらも眠れないだろう。事実、眠れなかった。
 
とてもガーデンに帰りたいと思った。リノアに会いたい。でもこんなにはげしく誰かを恋しがることなんて、エルオーネ以外に無かったことだった。
 
そして次の日の朝、白々しいほどのいい天気に、うんざりする。
 
疲労がはげしい。もしかしたら目の下にクマが出来ているかもしれない。今回の仕事は、そんなにきついはずではずだけれど。
 
起き上がるとエルオーネはすでにカーテンを開いて外を眺めていた。何が見えるのかは知らない。
 
やがてこちらに気づいた。
 
「おはよう」
 
「・・・・・・・・・おはよう」
 
逆光でまたしても顔が見えない。でもきっと笑っているんだろう。機嫌がいいのか?
 
「うまく眠れなかったの」
 
「俺も」
 
「でしょうね」
 
こちらへやってくる。びっくりして思わず顔を伏せた。
 
そして、手が、
 
手が、こちらへ伸びてきて、
 
スコールの髪に触れ、
 
頭をなでた。
 
まるで、
 
昔そうしてくれたみたいに。
 
「ごめんね」
 
「・・・・・・・・・な」かすれた声だった。あわてて咳払いをする。
 
「なにが」
 
「いろいろ、ごめんね」
 
「意味が」
 
分からない。意味が、分からない。
 
いったいどこが、何が、いつが、どうして?
 
そして、誰が?
 
そうしてようやく、気づいた。
 
思い出した。
 
俺は、
 
この人に、
 
会いたかったんだ。
 
そして怒っている。黙っていなくなったことや、こんなところへ連れてきたことを。
 
でも、許せないわけじゃない。
 
顔を上げると、悲しそうな表情が目に飛び込んできた。
 
「ねえ」
 
「大丈夫」
 
「?」
 
「今まで一人でも大丈夫だったんだ。これからは、リノアたちがいるし、だから―――――――
 
すると突然、抱きすくめられた。暖かい感触、なじみのないにおい。
 
「スコール」
 
「・・・・・・・・・」
 
離して欲しい。誰かに触れられるのは大嫌いだった。
 
「離してくれ」
 
「もう少し」
 
「触られるの、嫌いだ」
 
しずかに解放される。冷たい外気が体を包んだ。
 
「エルオーネ」
 
「何?」
 
「帰りたいんだ」
 
「分かった、でももう少し町を歩かせて」
 
それはクライアントの命令だ。無視できるものではない。
 
外に出ると昨日とまったく変わりの無い風景だった。なのにこの村のどこを見たいのか不思議だった。
 
「なんでここに連れてきたかわかる?」
 
そう言いながら、エルオーネはこちらを見ない。スコールはその三歩後ろを忠実に守っている。
 
「ボディガードだろ」
 
「本当にそう思うの?」
 
「この町を見せたかったとか言うなよ」
 
「なぜ?」
 
「別に俺とは関係のない土地だ」
 
実際そんなことは無い。まったく覚えの無いことだけど、スコールはこの村で生まれた。
 
その事実を知ったのも、つい最近のことだ。騒動が終わって、スコールはエスタに呼ばれた。そして一切を聞かされた。
 
もう自分の過去に対してまったくの無関心、無責任でいることが出来なくなった。会ったことのない人との関係を無理やり知らされて、ひどく混乱して、そして何故か悔しかった。
 
なんで自分の肩書きやブランドを、周りに外付けされて、あの人は誰の子どもだから、とか、こういう人と関係があるからとか、知らないうちに人格付けられるんだろう。それも、俺のまったく知らない、関わった覚えの無い場所で。意識したことのないところで。
 
でもエルオーネにそんなことを言っても仕方の無いことだ。
 
ウィンヒル。まったくの平和で、静かな村。バラムとは違うかすかに乾いた弱い風。ぼんやりした日差し。背丈が低めで、淡い色彩の草木。
 
全部、ぜんぶ他人事。
 
それでもここは、俺の・・・・・・・・。
 
ふと、エルオーネが一軒の家に向かって走り出したのに気づいて、あわてて追いかけた。
 
おそらく花屋だ。さまざまな花が家をデコレーションしていた。たくさん種類があるけど、スコールが名前を挙げられそうなものはほとんど無い。
 
店番の中年の女に駆け寄りながら、エルオーネは、
 
「おばさん!私をおぼえてる?」
 
とここに来て初めて聞くような明るい声を出した。子どもっぽく響いたのは気のせいではないはず。
 
当然、女はびっくりした顔をした。たしか、昨日もこの店の前を横切ったけど、そのときはお互い他人のような顔をしていたではないか。
 
「ねえ、思い出せない?」
 
「さあ・・・・・・」
 
「私よ、エルオーネ」
 
あっ、と女が口をひらいて、数秒そのままでいた。まるで薬缶に触れて初めてその熱さに気づいたかのような表情だった。
 
「エルオーネ・・・・・・・」
 
そう言って、悲しそうな表情をした。そして懐かしそうな。
 
「心配したのよ、ずっと気がかりだった。今までどうしていたんだい?」
 
変な女だと思った。心配で、気がかりなら一目見て分かるんじゃないのか?名乗るまで分からないなんてどんな心配なんだろうと思った。きっと忘れてたんだな。そういう社交辞令的な心配なんだろう。
 
「ありがとう、今はね、エスタにいるのよ」
 
するとエルオーネは急にこちらを向いて、俺の腕をつかんだ。びっくりする俺を引き寄せながら、彼女は店の女に言った。
 
「この子」
 
「?」
 
「この子、覚えてる?」
 
そう言われて、スコールは全身の血がすっと冷え込むのを感じた。何を言い出すんだ。
 
「ええ?」と女は妙な顔をした。当然だ、スコールは以前にこの村を訪れたことがある。そのときも今回と同様に冷たい態度をとられた。
 
「覚えてない?」
 
「・・・・・・・・」
 
女がしげしげとこちらを見ている。やがて何かに気づいたように、思い出したように、記憶と一致したように、こちらをはっきりと見た。
 
「この子・・・・・・・・」
 
「やめろ!」と叫びだしたい気分だった。今すぐここからいなくなりたい。お願いだから俺をここにいさせないでくれ。
 
女が何かを言いかけた。でもさせない。こちらから口火を切った。
 
「はじめまして」
 
「・・・・・・はじめまして」
 
女がおろおろする。エルオーネが視界の端に映っているが、もう知らない。
 
はじめまして、という言葉は間違っていないだろう。昔のことなんてどうだっていい。今まで何もなかったはずだったなら、そのままでいいじゃないか。
 
「バラムガーデンのSeeDのスコール、魔女の騎士です」
 
だから、ここの人間じゃない。
 
だから、今回の仕事が終わったら、すぐにガーデンに帰ろう。
 
 
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帰りの列車の中では少し会話した。もう互いに認識しあうのは後回しだ。急速にお互いを位置づける必要はないっていうこと。
 
あの後すぐ花屋を出た。ものすごい後悔と、あと残念な気持ちで二人とも落ち込んでいた。心が、なんとなくザラザラする感じ。
 
レンタカーを乗り継いで、列車の中ではくだらない話をした。近所にいる犬がうるさいだとか、朝早く起きるのがつらいだとか。でも今までのことも、これからのこともあまり話さなかったような気がする。別にそれでもかまわないし、これでちょうど良かったんだろう。
 
F.Hについたとき、エルオーネの迎えが来ていた。エスタまでは送っていくつもりだったけど、これはある意味でラッキーだ。早く帰ろう。
 
去り際にエルオーネは手を振ってきた。迷ったけど、とりあえず小さく返した。
 
すぐさまガーデンに電話をする。もちろん、リノアに。
 
「もしもし」
 
「もしもし、スコール?どうだった?」
 
「どうとは?」
 
「いろいろよ」
 
「別に」
 
「珍しいね、電話なんて」たしかに、普段はめったに電話なんてしない。嫌いだし。
 
「ちょっとな」
 
「ちょっとって、なーに?」
 
声が聞きたかったんだ、なんてベタで気恥ずかしいこと言えやしない。ちょっと、なんだろう、自分でも分からない。
 
「今、帰るところなんだ」
 
「ふーん、早かったね」
 
「今日中に帰れそうだ」
 
「うんうん、待ってるよ」
 
もともと電話は苦手だから、短く済ませた。帰りの列車に乗り込む。
 
バラムに着くまでうずうずして、ガーデンにたどり着いたときは小走りだった。
 
入り口で手を振っているリノアのところまで駆け寄って、抱きすくめた。びっくりする彼女の手をとって、引き寄せる。
 
キスしようと思った。
 
 
 
―END―
いやー、gdgdな感じで長く書きすぎちゃいました。ちょっと頭痛がしてます。
テーマは昔のことというあいまいなテーマです。昔のトラウマとかってどうしたらいいんでしょうね。ガツっと解決できたら、人間苦労しないんでしょうねきっと。
個人的にはスコールの性格を考えるときに一番大きくかかわってくる人物は、リノアじゃなくてエルオーネだと思ってるんですよね。まあ、主観ですが。なんで今回のようなことが書きたかったわけです。自信があるわけではないですが、書き終えて妙な達成感ありです。
 
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