マリアは走っていた。後ろからうめき声をあげて追いかけてくる存在を早く振り切りたい。でもどれだけ一生懸命走っても逃れられない。
せめてここがこんなに暗くなかったら。もう少し足場がよければ。当然そんなこと願ったって状況が好転するはずもなかった。
空いている一室を見つけて飛び込んだ。部屋の中を確認する。ここも荒れてはいるけど危険はないように思われた。
この屋敷は広すぎる。今の状況では出口になかなかたどりつけないというデメリットはあるけれど、それは隠れたり逃げたりする場所も多いということだ。
マリアは大きく息をついた。
クラウドは大きく息をついた。
夏だからベタに怖い映画見ようだなんて誰が言い出したんだ。俺だ。
結構冗談だったつもりなんだけど、ちょっとマジになってきた。フィクションの映画だと分かっていても、リアルにこれは怖い。この映画は仕様が贅沢で、ストーリーもいい具合に恐怖を演出している。背筋が寒く、鳥肌が立っている、はず。
否、暑い。
うだるような暑さ。本来2人用のソファに4人がぎゅうぎゅうと詰めて座っているんだから、夜だとはいえこの猛暑、当然暑い。ひざの上に乗っているマリン、胴にしがみついたデンゼル、腕をがっちりと絡めているティファ。まるで冬の動物が、暖をとるためにくっついているみたいな状態だ。今は夏だけれど。
窓は、開いていない。ドアも気がついたら誰かが閉めていた。外からゾンビが入ってくるかもしれないから。
でも誰もソファから降りてエアコンのスイッチを入れに行こうとしない。ソファの下からゾンビが出てくるかもしれないから。
(暑いな・・・・・・)
そう思っても、やはり自分から解決するアクションは起こせない。物理的に動けないのもあるのかもしれないけど、でも俺はこんな映画にビビッてしまうようなやつだったか?
体がじっとりと嫌な汗をかいている。
テレビの中のマリアもそれは同様だった。緊張でこわばった顔。不規則な呼吸。
突然、はげしくドアがノックされる。マリアは驚いて扉を押し返す。大丈夫、さっき鍵をかけておいたはず。
しかしはげしいノックにドアが軋みをあげ、今にも崩壊しそう。マリアはあらためて部屋の中を見回した。もうここはだめだ。またどこかに逃げなくてはいけない。しかしここにどこかにつながっているようなドアや窓はない。
・・・・・・・・・・もう賭けに出るしかない。
体を翻して、ドアから離脱する。その瞬間、ドアが派手に吹き飛んだ。粉砕される。緑色のゾンビがおびただしく部屋になだれ込んできた。
クラウドは、自分にしがみついている家族が身を固くするのを感じた。
部屋に侵入したゾンビは奇声を発した。獲物を見つけようとする充血した瞳。だらだらとゾンビの体液が床に流れていく。関節を思わせない動きで、部屋を見回した。
誰も、いない。
そのとき、物陰からマリアが飛び出して、小動物のような機敏さでドアの外へ抜け出した。成功。そのまま廊下へ駆け抜ける。
安心したのもつかの間、腐食した六本指の手が、マリアの腕をつかみ、床に引き倒す。黄ばんだ歯をむいて、腕に噛みついてきた。血が流れて、マリアは叫んだ。
腕をぶんぶんと振るって、ゾンビを引き剥がした。すでに数体がこちらに向かって走ってきているのが見える。このままじゃ、食い殺される。立ち上がるとき左の靴が脱げたが、もう気にしている暇はない。逃げなくては。屋敷の出口に着かなくては。
暗い廊下を全速力で走り、階段を転げ落ちるようにしておりる。髪を振り乱して、足がもつれても、それでも逃げ続ける。しかし後ろから追いかけてくるうめき声は一向に減りはしない。むしろ、増えている。
長い廊下。出口まであとどれくらい?
壁をぶち抜いてゾンビが襲い掛かってきた。
テレビを見ている家族が小さく悲鳴をあげた。もうみんな暑さなんて忘れてしまっている。マリア、早く逃げて。息を詰めて、画面から目を離さない。
一方マリアは、もう息が完全にあがってしまっている。体力の限界だ。まっすぐ出口を探したいけれど、いろんなところからゾンビが出てくるので、別の場所へ逃げ回らなくてはいけなかった。
しかしようやくエントランスホールに出ることが出来た。もう背後の存在との間隔は5歩もない。先ほどから何度もつかまりそうになっていた。
ホールの真ん中に墜落したシャンデリアから、またゾンビが出てきた。
もう逃げずに直接出口に向かおう。そう決意してマリアは身を屈めながら出口に走っていった。上手に敵をかわし、出口のドアノブに触れた瞬間、
床を突き破ってゾンビの腕が生え、マリアの足をつかんだ。
マリアは絶叫した。
ストライフ一家も絶叫した。
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暑い。深夜、ベッドの上でクラウドは息をついた。
まるで冬の動物が、暖をとるためにくっついているみたいな状態だから当然だ。
あんなテレビ見ようだなんて言い出したやつは完璧馬鹿だ。俺だ。
でも怖くって、だから今ティファが俺の部屋に来てくれて、それでちょっと嬉しくって、そしてすごく暑い。
「ティファ、暑い」
「知ってる。私も暑いわ」
「眠れないよ」
「誰のせいだと思ってるの」ティファが怒ったような声を出した。ちょっと反省した。でも素直に「俺です」とも言えない。
「ゾンビだろ」
「そのゾンビが見たかったんでしょ、巻き込まれたわ」
「見なかったらよかったんだ」
「一緒に見たいって駄々こねたのは誰?」
俺か。俺だな。それでも認めたくない。
「オレジャナイゾー」
「嘘つき。棒読みだし」
腕をつねられた。痛い。可笑しくって、声を抑えて笑った。
そのとき入り口のドアがノックされたから、二人ともびっくりして身を固くした。
「クラウド、入っていい?」デンゼルの声だ。なんだ、驚いた。
(ねえ、驚いた?)
そんな表情をティファがしてきたので、照れ隠しですぐにドアのほうへ声をかけた。
「ああ、おいで」
ドアが開くと、デンゼルの後ろにぬいぐるみを抱えたマリンもいた。暗くてはっきりとはしないが、二人とも不安そうな表情。
それでもティファを見つけてうれしそうな声を出して、こちらに駆け寄ってきた。
「ティファも眠れなかった?」
「うん」
「一緒に寝てもいい?」もちろん。俺は快諾した。ただしひとつ警告しなくては。
「いいよ、でも」
子どもたちが首をひねった。
「すごく暑いぞ」
二人ともにっこりした。ティファも微笑んでいる。確認は出来ないけど、おそらく俺もそうだった。
俺とティファの間に子どもたちが入ってきた。俺のベッドはそんなに広くないから、寝返りをうてば落ちてしまうだろう。あふれかえる、という表現が一番ぴったり来ると思う。
案の定ベッドはさらに暑くなった。子どもたちはすこし体温が高い。4人がみんな汗をかいていたけど、誰も部屋に戻るとはいわない。部屋にゾンビがいるかもしれないから。
俺は眠れなかったけど、子どもたちはしばらくすると、状況に安心したのか眠っていた。深い呼吸を感じる。寝る子は育つって言うから、これはきっといいこと。でも俺はひとり眠れないまま取り残されているのが寂しい。こんなことを思うなんて、やっぱりあんな映画見なきゃ良かったのかも。ため息が出る。
寂しさで声を漏らす。
「ティファ」
起きているかは知らない。彼女は子どもたちの向こう側、ベッドの一番遠いところにいる。それに名前を呼んでも寂しさがまぎれるわけでもない。
「なあに」
小さいけど、声が返ってきた。ほっとする。
「眠れないんだ」
「あんな映画見るからよ」
「ティファも?」
「そうよ、だから明日起きれなかったら、クラウドのせいなんだから」
でもそんな腹を立てた口調とは裏腹に、彼女の声音はやさしい。おそらくこんな状況を楽しんでいる。眠れないのも、それほど苦ではないのかもしれない。
「俺が起こしてやる」
「無理よ」彼女がひっそり笑った。「寝ぼすけさんのくせに」
たしかに、いつもは起きれない。でもそれは眠っているからであって、ずっと起きてたら彼女を起こすのだってきっと無理じゃない。
「このままずっと起きてればいいんだろ」
「馬鹿ね」
「俺は本気だ」
「はいはい」
それじゃあ、おやすみ、とティファがささやいて、そのまま黙った。眠るのかもしれない。すこし会話したから、もう怖くなくなったのか?
そうなれば俺はいよいよ責任重大だ。寝坊常習犯の俺が、彼女を起こすなんて本当に出来るのかって話だ。大丈夫、今の俺なら出来る。ベッドの上で大汗かいてる俺なら。
でもまぶたがとじてくるのに気づいて、かなり焦った。会話で安心したのはティファだけじゃなかった。俺もだ。
部屋の中が暗いのも、みんなが寝てしまったのも、もう十分平気だ。このままきっと眠ってしまう。
けれどティファが起きる前に目を覚ませばいいじゃないか、と無理なことを考えて、結局睡魔に負けることにした。
ベッドの上がまるで熱帯。映画で自爆した恐怖。なにもかも眠れる要素はないかもしれないけど、あんなふうに小さいながらも、ティファがやさしく話してくれたなら、俺はこんなにも簡単に眠ってしまえる。
部屋の中の暑さも、誰かの寝息も、とろとろと心地よく意識から遠ざかっていき、やがては眠りについた。
―END―
書き終わった直後の私の感想↓
な ん だ こ れ は !
序盤からなんかもうべちゃべちゃですね。疾走感ゼロww緊迫した感じを文章で表現するって難しいですね。でも書いてみたかったんですよ、ポップで愉快な感じを。だから無理してでも後悔はしません。課題は山積みですが。
これをクラ誕だと思って開いてくださった方、申し訳ありません、誕生日関係ない話です。
こんな風にふざけてみたり、微シリアス書いたり、気分屋なんで作風に一貫性がないですが、これからもがんばっていきます。