夢のように孤独

 

 
 
 
もうすぐ今日が終わる。深夜になり、ガーデンの中に黒が流れ込んでいる。こうして部屋の中で電気をつけていても、それは些細な抵抗でしかない。窓の外にはりついて、立ちふさがる。
 
何故だか今日はすごく不安だ。そわそわしている。理由は見当たらない。時々そういうことがある。根拠の無い、漠然とした不安が突然襲ってくる。まるで正常な自分が溶け出していくような。
 
だからリノアが「今日は部屋に泊まっていくね」と言っても、いつものように嫌がる気力が出なかった。普段は夜ぐらいは独りになりたいはずなのに。
 
リノアはそんな俺に気づいているのか、それとも違うのか、明るい調子でドラマを見ようと言い出した。毎週見ているらしい恋愛物のドラマ。気が乗らなかった。それでも拒否する理由もない。
 
部屋の電気を全部消して、不規則で多色なテレビだけの明かりだけが、部屋の中で踊っていた。部屋の隅まで見渡せない程度の輝度で、テレビのディスプレイを見るしかなくなる。スピーカは、愛だの生きる意味だのを繰り返していた。どれもこれも嘘っぽくて、なにか大事なものだけを避けているような気がして、うんざりする。
 
いかにも大切そうで、まじめそうに、そして壮大な演出がかえって興醒めさせる。彼らの使う言葉だけは、確かにきれいだ。でも、それだけ。テレビの中では、当たり前のように奇跡が連発される。運命とか、キズナとか、そこまで必死に語る必要もないはずだ。
 
きっと似たような演出で、似たような設定の、似たようなドラマはいくつもある。俳優の演じる人物像も、せりふも。
 
「僕らが愛し合った事実は永遠に変わらないよ」
 
突然、俺はこの言葉に凍りついた。まるで消しゴムのカスみたいに消耗的で、ありふれた言葉。
 
愛し合った?
 
事実は永遠に変わらない?
 
それは、
 
この瞬間がかえってこないのと同じだ。
 
そんな風に直感づいて、鳥肌が立った。気持ち悪い。急にいろんなことが怖くなる。こいつらの言う未来ってヤツまで。今までしたことすべて、取り返しがつかないことをしてしまったと思った。体が急速に冷えて、寒い。
 
隣で座っているリノアと接触している腕だけが温かい。
 
そして思った。
 
このあたたかさがお互いの境界で、
 
ああ、この人はどこまでいっても他人なんだ。
 
同じものを視ても視点が違って、同じものに触れる皮膚の厚みが違って、同じ場所にいても空気が違う。同じと思うことがすでに勘違いで、考えていることさえ全一致するはずがない。こうして一緒に同じドラマを見ていてさえ、彼女とはまるで違う感じ方をする。
 
孤独の輪郭がはっきりと打たれた。でもそれは今まで気づいてたことなのに、こんなにさみしく、怖いだなんて。
 
耐え切れなくなった。手を伸ばして、リノアを抱きすくめた。リノアが驚いて、小さく何事かを言ったが、もう聞こえない。分からない。
 
ただ、ドラマは佳境に入っていたから、彼女は勘違いしたのかもしれない。背中に腕が回ったのを感じた。
 
オーケストラをバックにしたロックバンドが、バラード調のラヴソングを歌っていた。どこにでもあるような歌だった。
 
その事実だけがここで固まっているだけで、どんなに願ってもそこへ戻れないことを俺は知っている。
 

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夢を見た。
 
そこは全体的に青く光っているような場所で、バラムガーデンだと思った。目線が低いところにあって、俺はまだ孤児院にいたころの子どもだと分かる。
 
掲示板の近くで、俺はママ先生と話していた。頬の筋肉が動いて、俺は笑っている。周りも楽しそうな談笑でいたるところがあふれていて、そばを通り抜けていく。
 
ママ先生が、俺の頭をなでようと、手を差し伸べてきた。
 
でもその瞬間、
 
その手がごっそりと、削げた。
 
バターナイフで削ったかのような断面が見えた。塗りつぶされた、何かに食べられた、そう直感した。俺のせいで、俺に触れようとしたせいでそうなった。
 
ママ先生が悲鳴をあげた。俺は恐怖で固まって動けない。
 
足元から、手先から、どんどんママ先生が消えていく。風景に塗りつぶされ、空気に食べられていくのを、俺は黙ってみていた。
 
嫌だ、いやだ。
 
怖い、こわい。
 
ママ先生の体が消え、侵食が首までに至ったとき、俺はようやく助けなければいけないと思って手を伸ばした。
 
そこで、ママ先生は髪の一房も残さず消えた。
 
(死んだ)
 
と俺は思った。そして全部、俺のせいだった。
 
絶望で、俺は狂ったように叫んだ。とり憑かれたかのように、走り出した。
 
誰か、助けて。
 
エルおねえちゃん。
 
俺はエルオーネを探して、ガーデンを全力で駆け回った。ママ先生がいなくなって、助けてくれるのはエルオーネしかいないと思った。すがりつけるのも、エルオーネだけだと。でもどこを探してもエルオーネはいない。
 
いなくなったのだ。俺に会いたくなくて、いなくなったのだ。
 
理由はそれしかない。脳内の情報が更新されて、そんなことを思った。
 
走りながら、手足が伸びて、大人になった。目線が高くなって、走る速度が変わる。
 
自分が泣いているのを自覚している。
 
走っているうちに、リノアに出会った。泣きながら、しがみついたと思う。
 
「ママ先生が死んだ。エルオーネもいないんだ」
 
リノアにあたたかく抱きとめられる。黙ってうなずいてくれる。
 
それでも、わめいて大泣きをしても、不安が途切れることはなかった。先ほどの疾走間が体の中で暴れている。
 
首根っこをつかまれて、後ろに引きずられる感じがする。怖くて、また絶叫した。
 
「スコール!」
 
声がする。でも誰だ?
 
「スコール!」
 
リノアの声だ。
 
「スコール!」
 
体が揺さぶられて、焦点が合わなくなり、たちまち目が正しい機能を果たせなくなった。
 
「スコール!」
 
そして見たのが、自分の部屋の暗い天井だった。
 
体を揺さぶっていたのはリノアだった。ようやく夢を見ていたと気づいた。
 
「スコール、うなされてた。大丈夫?」
 
嫌な夢でも見たの?と聞かれて、俺はリノアにしがみついた。震えてはいないけど、さっきの恐怖が体から抜けない。頬が乾いていて、泣いてもいない。
 
夢の中と同じように、リノアは黙って俺を抱きしめてくれた。効果はない。
 
夢の内容を話したとしても、きっと理解しきることはできない。タイプの違う怖さを彼女は思うだろう。似たようなグラスに注がれた、似たような液体を飲み干すみたいに。
 
「だいじょうぶ、嫌な夢なんて、すぐに忘れちゃうよ」
 
確かにそうだ。
 
朝には怖がっている俺なんかあとかたもない。平気な顔でいつものルーチンをこなすだろう。思い出しもしないかもしれない。
 
でも、怖い夢を見た。
 
その事実はどんなに願っても変わりはしない。
 
 
―END―
 
なかなか読み返すと電波でカオスな内容ですねー。でもスコールの脳内電波が個人的には結構好きなんで、気分がいいです。
それにしても急に不安になったりとか、まったく、生理なんですかねww
スコールの電波はこれからもたくさん書き続けていくつもりですので、これからもがんばります。
 
 
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