シンデレラのテーマ

 

 
 
子どものころの憧憬がいまだに頭に残っていて、私はよくクラウドに少女のようだと言われる。
 
これでもだいぶ剥がれ落ちたほうだと思う。もう前みたいに非現実的な夢を私は持っていない。ひねくれて、卑屈な考え方が体の6割以上を占めているんじゃないかな。こんな私のどこを見て、彼はうれしそうに私のことを笑うんだろう。
 
たしかに昔の私は常に空想の世界を持っていて、必ずそこへアクセスできた。そこへ行けると信じていた。
 
物語にあるように、妖精の存在を望み、毒りんごを恐れて、白馬の王子様に恋をした。
 
キラキラしたものも好きだった。ママの鏡台が、私のお気に入りだった。キャンディの入った透明なガラスのケースも。宝石のカットのような装飾がしてあった。服は、明るい水色やピンクのものを好んで着ていた。大人になったら、高いヒールの靴を履きたいと思っていた。
 
買い物に出かけると、ときどきそういうことを思い出す。
 
でもきれいな服も、お菓子も、なんとなく気が引けて、手が出せない。本当は欲しいのに。ずっと眺めてるだけで幸福なのに。気がつくとモノトーンの服を着て、今日お店で出す材料ばかりを手に取っている。それが悪いとは言わないけど、なんていうんだっけ、こういうの。後ろめたい?
 
今日の私はネガティヴなスイッチが入っているようだ。普段からこんなこと考えたりなんてしない。きっと珍しく買い物にクラウドがついてきたからだ。でも彼が何かしたわけでもないし、彼には何の責任もあるはずないけれど。
 
買い物に行こうと誘い出したのはクラウドのほうだ。今日は仕事が入ってないから荷物持ちするよ、と言ってくれた。
 
市場のごった返した人ごみ。活気づいていて、生きているんだと実感できる。だから私はここが好きだ。買い物も、顔なじみになったここの人々も大好きで、ここに来ると私はたいていうきうきする。子どものときのきれいなだけの楽しさとは違うけど。お金の制約があるのが今の私の現実だ。
 
そして今日の最大の不満。言いだしっぺのクラウドがつれない。
 
私が野菜を手に取っているとき、彼は魚と目を合わせていた。私が馴染みの店のおじさんと話をしているとき、彼はふらふら別の店に行こうとしていた。通りを一緒に歩いているとき、彼はそばにいる少年が駆けていくのを見ていた。
 
私が機嫌を悪くしているのを、彼は幸運にも知らない。だから突然私の手を引いて、走り出した。
 
「何よ」
 
「いいから」
 
「よくない!何よそれ、勝手ね!」と大声出して怒りたい気分だけど、人の目があるから出来ない。
 
私の手を引いたクラウドは、靴屋に突撃していった。店のディスプレイを見るなり、
 
「これだ」
 
と無造作に靴を手に取った。
 
高いピンヒールの、エレガントなミュール。
 
びっくりしている私の足元にクラウドがしゃがんで、「はいてみろ」と言って靴を履き替えさせようとするから、私はさらにびっくりした。
 
「やめて、人が見てるから」
 
「早く」
 
「早くするし、自分で出来るから、やめてってば」
 
こういうときのクラウドがテコでも動かないのを知ってる。だから、恥ずかしいけど我慢した。通り過ぎる人たちがこちらを見て微笑んでくる。私たちを知ってる人もいるかもしれない。暑い。顔が赤くなってくるのを自覚した。
 
いつもはいているシューズが脱がされる。そしてさっきのミュールがさしだされた。
 
「どうぞ、お姫様」
 
こちらを見上げて、彼が笑った。
 
「・・・・・・・・・」
 
今日の彼が気に入らない。さっきまで知らんぷりしてたくせに、急にこんな。困る。怒れなくなるから、困る。
 
足を入れたミュールは、つま先が少しきつくて歩きづらい感じがしたけど、デザインがとても素敵だった。クラウドが手を打って喜ぶ。
 
「やっぱりだ」
 
「何が」
 
「こういうの、似合うと思ってたよ」
 
「うそ」
 
「うそじゃない」
 
そう言って、また私の手を引いた。まださっきのミュールを履いていたから、私は焦った。タグだってついてる。店員に出会うと、彼は「すみません、これ、お会計」と言い出した。さらに焦った。
 
「ちょっと」
 
「何?」
 
「私の意見は無視なわけ?」
 
「えー、気に入らなかった?」
 
「そうじゃないわ」
 
「じゃあ何」
 
せめて一言あってもいいじゃない。でも反論するのに疲れてしまって、うつむいてしまった。
 
すこし落ち込んだように見えたのかもしれない。クラウドはおろおろした。ちょっと仕返しできた気分で嬉しい。でもさっき話しかけた店員まで、私たちの様子を見ておろおろしている。二次災害だ。悪いのはクラウドだから。栗毛の天然パーマの店員は、なんとなくうちのデンゼルを思い出させるから、彼の顔に免じて許してあげようかな。
 
「買ってくれるの?」
 
「うん、いいのか」
 
「プレゼントしてくれるんでしょ」
 
靴は履き替えずに、そのまま店を出た。店員のほっとした表情を思い出す。デンゼルがいつか大きくなると、あんな感じなのかしら?
 
高いヒールの靴なんてめったに履かないから、歩くのに苦労した。彼と同じくらいになる目線も、カツカツという音も慣れない。よろける私の手を、クラウドが握ってくる。
 
恥ずかしいとか、まだ買い物が残ってるだとかいう私の意見を、彼は流した。荷物は持ってくれるらしいし、不安定な歩行をする私のためだと彼は言う。
 
本当はお互い嬉しいんだって事を、素直に口に出来ないでいる。なんとなく怒ったような口調や、勝手な行動で表現してしまう。
 
「また一緒に来たいね」
 
なんて、うまく言えない。でもこんな日がまたあると信じてる。照れくさがった買い物が、あってもいい。
 
日曜日になったら、連れ出して欲しい。
 
昔、パパにそんな風にねだったことを思い出した。
 
そう思うとちょっと笑みがこぼれて、クラウドが満足するのが分かった。
 
きっとまわりから見た私たちは、とても幸せそうなんだろう。だってこんなに幸せだから。
 
突然クラウドがしゃがみこむ。見ると、子犬がいた。飼い主が近くで買い物でもしてるのだろう、リードが柱につながれていた。
 
「犬だー」
 
「うん」
 
小さなハスキー犬はちょっとクラウドに似ている気がして、おかしかった。今日はデンゼルだけでなく、クラウドのそっくりさんも見つけることが出来た。探せばマリンもいるはず。
 
「昔さ」
 
「うん」
 
「俺、子どもはコウノトリが連れて来るんだと思ってたよ」
 
「私はキスしたら子どもが授かるって信じてた」
 
「宗教的」
 
「だってそうじゃない」
 
現実ってもうちょっと綺麗でもいいのにね。
 
でも実際空想が現実になるってのも、ちょっと興ざめかもしれない。お菓子の家だって、実際にあったらアリがたかるし、触れば手がべたつきそう。想像することでいろんなことに目をつぶるのも、ある意味悪くはない。ちゃんと区分が出来てるうちは。
 
一通り犬とふれあうと、その場から立ち去った。犬に手を振って分かれる彼を、子どもっぽく思いながら。
 
私は通りの人々を眺めた。マリンのそっくりさんも見つけ出すために。
 
 
 
 
 
―END―
 
女の子ってきれいなものが好きですよねー。
ティファをお姫様扱いしたかったんで、書きましたよ。今回ずいぶん楽しかったです。読み返すとけっこうクラウドが勝手過ぎるのが目につきますがwww
これからもきっとこんなのいっぱい書いてみたいなー。
 
 
 
 

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