秋の風と彼女の母の墓とドライアイ

 

 
 
 
乾いている。
 
なんとなくそう感じる。通常の墓地のイメージはもう少し湿っぽいものだったけど、ここはそうじゃなかった。一様に同じ形をした墓石が整列した姿を見ると、墓石とは本当は死んだ人のためにあるんじゃないと思ってしまう。
 
墓石が白い。人工的な白さだ。
 
目が痛かった。
 
墓地に風が吹き込んできて、リノアが持っている花束が揺れた。赤と白がメインの花束。
 
今日のリノアは口数が少ない。まったく口を聞こうとしないと言ってもいい。だから、乾いていると感じたのかもしれない。
 
乾いているといっても、爽快感とは無縁な乾きで、むしろ痛みを感じるものだ。
 
ガルバディア領って大体が乾燥した土地なのかもしれない。バラムに比べて内陸の場所に人口が集中するからなのか、それとも別の要因なのかは知らない。
 
結局ただのドライアイだと思いついて、ぎゅっと目をつむった。開けた視界に黒い服を着たリノアがいる。
 
これが何回忌か知らないけど、今日の彼女が明らかに落ち込んでいることが分かる。ここへ連れてくることを依頼した1週間前はわりと元気だったはずなのに。今日は朝から元気がなかった。肩を落とした姿も、無口で元気がない姿も、いつもと違って俺は戸惑ってしまう。
 
どんな気分なんだろう。俺にはわからない。なぜこんなに落ち込んでしまうのかも。わけも分からず、俺は自己嫌悪でいっぱいになりそうになる。
 
目的の墓標までの距離が長い。入り口からずいぶん歩いてきたけれど、まだたどりつけない。もともと大きく、広い墓地だ。
 
だから途中で出遭った。リノアの父親と。
 
彼はすでに墓参りを済ませたようで、帰るところだった。すれ違わずに、お互い立ち止まった。
 
「・・・・・・・・・」
 
父親も黒い礼服を着ていた。リノアと違うのは、寂しげなところよりも、とがった目つきが気になることだ。
 
「来てたの?」リノアが沈黙を破った。どことなく攻撃的な口調だ。「なんで急に?気まぐれね」
 
「・・・・・・・・来てたのか」
 
「答えなさいよ」
 
父親は黙って目線を外にやった。
 
そんな態度にリノアは腹を立てて、さっさと目的地に向かって歩き出した。慌てて追いかける。
 
「リノア」
 
数歩行ったところで父親が突然口を開いたから、リノアが怒ったような顔で振り返った。
 
「たまには帰ってきなさい」
 
その言葉に、リノアが一瞬表情が変わった。こわばった、弱い表情。俺は、一度だけ見たことがある。魔女としてエスタに連れて行かれるときにわずかに見せた顔。
 
(泣いちゃうんじゃないかな)
 
そう思ったけど、結局は走るようにして墓地の奥へとすすんでいった。俺は少し後ろを振り返ったけど、父親はすでに遠くまで歩きすすんでいるところだった。
 
ふと、この男は娘が魔女になったことを知っているのかな、と思った。
 
でも足早で歩いていくリノアを追いかけるのに必死になるあまり、そんなことも忘れた。実際、知っていたからなんだというのだろう。イデアのように暗殺するというのは考え難かった。
 
突然リノアが立ち止まる。まわりと同じような白い墓石の前で。
 
彼女の母親の墓だ。ここには『ジュリア・カーウェイ』と刻まれてある。リノアのハーティリーというファミリーネームはこの母親の旧姓だということを思い出した。俺はこの名前の人物をまるで知らない。
 
墓石の前に花がそえてあった。リノアと同じ、赤と白がメインの花。おそらく父親が置いていったのだろう。大きく、華やかなものだ。
 
「・・・・・・・・・」
 
リノアがその場にしゃがみこんだ。まるで脱力したような、折れてしまったような動作に見えた。
 
そうして泣き始めた。それも陰鬱に、しくしくと。
 
突然のことに俺は混乱した。なんで泣いているのかがうまく分からなくて、どうしていいかも分からなくて、その場で突っ立っていた。なにか声をかけるべきなんだろうが、何を言っていいか分からない。それになぜかかすかに苛立っている。
 
彼女の父親がもしかしたら近くにいるかもしれない。そう思ってあたりを見回したが、やっぱりいなかった。あのまま帰ってしまったんだろう。俺たちのまわりには機械的なまでに整列された、墓石ばかりしかない。
 
墓なんてどれも同じようなもので、はっきりした違いはそこに刻まれた文字とか、染み付いた汚れの数とかそれぐらいだ。
 
なのにどうしてここで涙が流れるんだろう。
 
ここからまっすぐ南下していくとウィンヒルがある。そこに俺の母親の墓があるけれど、こんな風に目の前で涙が流れるんだろうか。ドライアイで目が痛い俺に。まるで想像がつかなくて、ましてや共感も出来ない。俺はそんな自分が歯痒くて堪らない。
 
やはり何か言うべきなんだろうけど、本当にどうしていいかわからない。
 
今は黙って泣き声を聞いているだけ。
 
それだけ。
 
ああ、
 
でも、
 
ようやく分かった。
 
俺が俺を嫌いな理由。
 
こんなときに何の言葉もかけられないところ。
 
気の利いたことがまったくできないところ。
 
こういうときの俺は、彼女に何もしてやることが出来ない。まるで無能な、自分が嫌いだ。
 
リノアが父親と会ったことで傷ついていることが分かる。手負いの獣は近づくものを傷つけるそうだ。俺はそれが怖かった。俺は、自分が傷を広げないために真っ先に牙をむくタイプだと分かっている。だから傷つけられるのも、触れることでリノアがもっと傷つくのも怖い。そんな臆病な自分が嫌いだ。
 
でもやっぱり、「元気出せよ」とか、「泣くなよ」とか、そんな言葉がまったく出てこない。抱きとめて、背中をさすってやることも出来ない。
 
それはきっと俺自身がそうされるのが嫌だからだ。悲しいときにかまわれたくない。でもリノアはそうじゃない。きっと何かのアクションを求めているはずだ。もしかしたら何もしないのが正解なのかもしれない。だけど、それはしないのではなく、できないということだった。最後まで、俺は自分のことしか考えてない。
 
役立たずのように突っ立ったままで、俺はずっとリノアの悲しそうな泣き声を聞いているだけだった。
 
そのままどれぐらい立ったんだろう。ようやくリノアが顔を上げた。目がはれているだろうけど、後ろにいる俺からは顔が見えない。リノアは鼻をすすって、かれた声で話し始めた。
 
「やさしいのね」
 
「何が」
 
「何も言おうとしなかったでしょ、けっこう、安心したよ」
 
「・・・・・・・・・・・」
 
「人って、目の前で誰かが泣いちゃうとさ、自分の居場所を保つために、慰めたり、励ましたりする。私、そういうのちょっと嫌なんだよね。よけい悲しい気がするから。
でもスコール何も言わないでくれた。だから気が楽だった。ありがとう」
 
「・・・・・・・・・・・」
 
違う。
 
そんなんじゃない。
 
本当の俺は・・・・・・・。
 
「ママはシンガーだったの」
 
「うん」
 
「歌がうまくって、やさしくて、きれいで、私が5歳になる前に死んじゃったの、事故で」
 
そんなことを語るリノアの表情は見えない。俺は振り向かせて見てみたい衝動にかられたけど、そのまま聞いているだけだった。少しだけ、乾いた目が痛い。
 
「あの人は今までお墓参りなんてきたことがない。私が行きたがっても、嫌がったり、叱られたりした。
ママの事思い出したくないから、忘れなさいって言ったのよ」
 
「・・・・・・・・・」
 
「なのに・・・・・・」
 
リノアはもう一度泣いた。もういつものようなエネルギッシュな姿はない。頼りなくって、弱々しいだけの人だ。それでも俺は体育座りのシルエットに駆け寄れずにいる。
 
「なんで今日来てるのよぉ・・・・・」
 
ぐじゅぐじゅとした声で、何言ってるかほとんど聞き取れなかった。泣くのを抑えようと、彼女は何度も顔をこすった。
 
やがてリノアは立ち上がって、こちらに寄って来た。聞き取れない声で「帰ろう」と言ってきた。まだ全然泣き止んでないけど、もう抑えきれないらしい。
 
「ごめんね、止められないや。だから、このまま連れて帰って」
 
「・・・・・・・リノア」
 
「ごめんね、泣いてばっかで、嫌だよね。もう立ち直らなきゃいけないよね」
 
「リノア」
 
俺のこわばった手が、リノアの頭をそっとなでた。自分でも情けないほど、俺の手は震えていた。今から言うことに、ちょっと自信がないけど、こんなことしか言えないけど、慰めになんてなるはずないけど、俺はリノアに一つだけ言えることがある。
 
「・・・・・・・・・・」
 
「スコール?」
 
「・・・・・・・・・・泣いたっていいんだぞ」
 
その瞬間、リノアが飛びついてきた。もう抑えずに、わあわあと大泣きした。今日のテンションから考えると、信じられないほど大きな声だった。
 
俺はただ黙って彼女の頭をなでながら、目の前をずっと続く墓地を見ていた。相変わらず、ドライアイの目が痛い。陽が傾きかけている。
 
腫れた目が痛々しかったけど、思いっきり泣いたことで、彼女はすっきりしたらしい。帰る列車の中で、リノアは小さく俺に聞いた。
 
「ねえ、またこんな風にどこかへ連れてって、って頼んだら、また一緒に来てくれる?」
 
「もちろん」
 
「本当?」
 
「ああ、俺を誰だと思ってる」
 
「魔女の騎士」
 
「そうだろ?」
 
何も心配するな。俺がついてる。
 
そんな言葉が出かかったけど、キザに聞こえるし、スケールが大きすぎる話のようだから言わなかった。なによりさっきの俺は腰が引けていた。
 
だけど簡単な言葉が彼女を救うなら、俺は肩の力を抜くべきなのかもしれない。変に気持ちを探ったり、怖がったりすることは、結果として俺にも良くない。
 
だからこれから俺は単純に彼女についていけばいい。
 
「スコールがいてくれるなら、大丈夫かな」
 
そう言って、かれた声でリノアは笑っていた。
 
まだ暖かい気温をのぞかせる景色が見えてきて、もうすぐバラムだ。
 
 
 
―END―
 
 
そんな設定ない!なんていわれたらお終いですねwww二次創作なんで何でもアリですね。まったく、フリーダムですよ私。
今年もあと少しかと考えると自然とお墓参りネタを考えてしまったんですね。8の場合はけっこう前に考えていたので、あんまり年末関係ないんですけどねww
本編中にリノアと父親の仲が悪いのがちょっとした気がかりだったんです。今回は仲直りのかけらにもならない感じでしたけど。やっぱり多感な思春期ですからね、父親とやり辛くなっていく娘って、本人にもどうしようもないんだと考えるようになりました。
まあ、わけの分からないラストでしめてしまいましたが、今度はもうちょっと距離を縮めるような内容を書いていきたいです。
 
※追記 
うp当初、ジュリアのファミリーネームが『ハーティリー』だったため、『カーウェイ』に訂正させていただきました。
 
 
 
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