墓標なんてないから、給水塔に花束を置いた。
手を合わせず、言葉もあげない。ただ目を瞑って、思い出す。心で話しかける。俺たちは、死ぬことがただ土に還ることじゃないと思っているから、こうするのが自然だ。
「なんかなあ」
「なあに」
「思い出すんだ」
「うん」
昔とまるで同じ風景だから、思い出すのは当然のことだった。いつもは思い出しもしなかったことまで。
「俺、母さんとここで暮らしてたんだよなあ」
「私も」
「うん」
俺たちが暮らしていたときと一番違うのは、やっぱりここに住んでいる人たちだ。いずれは村にいる人たちは、年を取るごとに変わっていくものだけど、ごっそり変わってしまった不自然に、俺たちはいちいち悲しくなる。
「懐かしいなあ」
「そう?」
「懐かしいさ」
本当は懐かしいわけではない。何かいろんなことを思い出して、いろんな感情があふれてくるのは事実だけど、『懐かしい』という表現はちょっと間違いだ。でも、これを何というのだろう。よく分からないままに声にすると、『懐かしい』となった。きっとこれが一番近い表現だろう。
写真があるといい。
そう思ったけど、そんなもの一枚も残ってやしない。うちにあったアルバムは、あのとき一緒に燃えてしまった。記憶の奥底をめぐってみても、やっぱり正確なものなんて何も無い。
心が上手に記憶を保存できたとして、俺たちのアルバムが埃をかぶっている。カビだって生えてるかもしれなかった。ひっぱりだしてみる機会がないと、自然とこうなるものらしい。もうちょっと思い出したり、確認したりするべきだったのかな、と後悔する。
記憶が錆びない努力を、怠っていた。あえて避けていた。仕方がないことかもしれないけど。
でも今日は、母のことをよく思い出した。
「俺の両親ね、駆け落ちだったんだ」
「そうなの?」
「うん」
「知らなかった」
「話したことないもん」
内緒にしていたわけではないけど、あまり人に話そうとしたことのないことだった。それに今まで思い出すこともなかったことだ。この件についての両親の苦労を、俺は母から時々聞いた。
「どこかは忘れたけど、両親はこの村の人じゃなかったそうだ」
「うん。なんていうか、私はおばさんしか見たことないけど、見た目がニブルの人とは違ったよね」
「だろ?時々さ、本当に時々なんだけど、母さんがこっそり漏らすことがあったんだ」
ニブルとは別の村の一人娘だった母と、同じ村の一人息子の父が恋愛して、一緒になろうとしたけど、無理だったそうだ。わりといい家の一人娘だった母は、父の家に嫁にはいけなかったらしい。父の家でも、婿には遣れないからって、反対されたらしい。
母は一度、「両親に最後は、『もう私たちはムエンボトケになってもいい』と言われたときは悲しかった」と話したことがある。
俺はぼんやりと母の顔を見ていた。気丈だった母が悲しそうに話したのを思い出した。自分は親不孝をしたと話していた。
「俺そのときさ、『無縁仏』って何の意味か分かんなくってさ、ただうんうんうなずいてたよ」
実際墓がない今、母だって無縁仏に等しい。
俺がミッドガルに出てからも、無精で、ずぼらで、手紙もあまり出さなかったことが悔やまれる。さみしい思いをさせた、俺もずいぶん親不孝だ。
「仕方ないよ」
ティファはそういって俺に体を寄せた。
「ちっさかったんだもん、分かんないよ」
「いいのかな」
「いいに決まってる」
「決まってるのか」
「そうよ」
風がゆっくり吹いてきて、彼女の長い髪を揺らした。
俺は唐突に、
彼女が髪を切ってしまったときのことを思い出した。
長い髪が好きだ、と話したら、
次の日、
彼女は長かった髪を切ってしまった。
「長い髪の私が好き?それとも私が髪が長いのが好き?」
そんなことを聞いてきた。
彼女の髪は、
小さいころからずっと伸ばし続けていたということを、俺は知ってる。
彼女の母親が髪が長かったから、それに憧れて伸ばし続けたこと。
父親が髪が長いのを望んだから、嬉しくて伸ばし続けたこと。
俺は知っている。
なんで髪を切ってしまったのかだけは分からなくて、でもそれは聞いてはいけないことだと思っている。だけどあの発言がきっかけで彼女が髪を切ってしまったのは明らかで、理由を考えると、俺はいつもやりきれなくなる。心当たりなら、ありすぎるほどだ。
そんなことを思い出すと、ティファの両親の顔も思い出した。母親とはあまり長い付き合いが出来なかったけど、けっこう親しくしていたことも。でも父親とはそうじゃなかった。これも仕方のないことだった。
ティファは、低いトーンで口を開いた。
「私も今日はなんかいっぱい思い出すみたい」
「そう」
「今思えば、パパってすごく過保護だったと思うの」
「だって、それは」
俺はティファを見た。彼女もこちらを向いたから目が合う。
(やっぱり)
確信がある。父親がティファを大切にした理由。
「お母さんに似てるからだろ」
ティファが、はっと驚いた顔になる。そして突然、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「そうなのかなあ・・・・・」
「うん、そうだよ、絶対」
「私、パパ似だと思ってたんだけど」
「お父さんの方がよく似てるけど、やっぱりお母さんにも似てるだろ」
「だといいな」
「似てるよ」
肩を抱いて、引き寄せた。ほっそりした、頼りない肩だから、俺がしっかりしていないと。つられて泣いてしまわぬように。
いろんなことを思い出した。いつもなら辛くて叫び出したくなることばかりだけど、ここにいるとそれが当たり前だ。失ってしまったものと、あえて失ったもの。それがここにはある。ニブルにまともに来ることが、これから何回あるだろう。来たとして、またこんな気分になるんだろうか。
細い風が断続的に吹いてきて、何度も、揺れた。
花束が、ひらひらと風に吹かれて、そこに置かれている。
しばらくそのままでいると、今の村の子どもらしい少年が駆け寄ってきて、俺たちを不思議そうに眺めた。
「おじさんたち、だあれ?」
「エッジから来たんだ」
「へえー」
うなずく顔はマリンよりも年下に見える。背丈から見てもそうだろう。彼は給水塔に添えられた花束を見つけた。
「だれかしんじゃったの?」
「・・・・・・・なんで?」
「これ」少年は花束を指差した。「それに、おねえちゃん、泣いてるじゃん」
「おいおい、俺はおじさんなのに、こっちはお姉ちゃんなのか?」
「あ、ごめーん」
ティファがとなりでこっそり笑った。どうやら気持ちがほぐれたようだ。俺も、目の前でくしゃくしゃと笑ってる少年の姿を見ると、ほんの少しだけ、救われた気分になった。ここには笑って生きている人たちがいるんだって事が、単純に嬉しかった。
失ったものはかえってこないし、代わりのものが出来たとして、ぽっかり空いた穴が埋まるだなんて思わない。だけど、これからどんどん増えてく物があるなら、それが支えになるかもしれないと、今なら思える。
「どこのうちの子?」
「あっち」少年が指差したのは、偶然だろうか、俺の家だったところだ。
「うん、家族は?」
「母さんがいる。おれと二人で暮らしてんだ」
「そう」
少年はちょっと内緒ごとをするように、手を口元に寄せて、小さい声でささやいてくる。俺たちはしゃがんで少年に耳を寄せた。
「だれにも言わないって約束してくれる?」
「大丈夫だ」
「おねえちゃんも?」
「言わないわ」
「おれね」声を小さくするあまり、目まで細めている様が可愛らしかった。
「うん」
「大きくなったらエッジに行くんだ」
「なんで?」
「エッジでね、はたらいて金持ちになったら、母さんとそこで暮らすんだ。ニブルじゃ苦労しちゃうから」
「親孝行ね、えらいわ」ティファが少年の頭をなでた。少年が照れて顔を真っ赤にした。
「そう。おれ、コウコウムスコなの」
俺は肩を叩いてやって「頑張れよ」と言った。ちょっと他人事とは思い難かった。『ニブルじゃ苦労するから』と言った少年の言葉を、俺は誰よりも理解できる。小さな村で、父親がいないのは大きなハンデだ。
「でもね、ニブルからはなれるのも、ちょっとヤなの」
「どうして?」ティファは少年に好意を持ちはじめているらしい。ここに来た時こわばっていた声音が、今はずいぶんとやさしかった。
「となりんちの子と、会えなくなるから」
「女の子?」
「うん」
「好きなんだ」
「そんなんじゃないよ」
「ほんと?」
「そんなんじゃないけど」そういってうつむいた顔は、図星のようだった。俺はますます少年を他人と思えなくなってきた。
「告白するといい」俺がそういうと、彼は怒ったような顔をした。
「できっこない」
「したらいい。俺はうまくいったぞ」
隣でティファがくすくす笑っている。「うまくいったの?」だなんて言われてしまった。
「うまくいくといいな」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
来た時よりもずいぶん軽快な足取りで、俺たちは村を出た。帰り道、ティファが小さく話した。
「来てよかった」
「そうか」
「うん」伏目がちで、彼女は言った。「連れてきてくれてありがと」
気がつくと、俺の小指が握られている。恥ずかしがり屋で、あんまり手をつなぎたがらない彼女の、数少ない愛情表現だ。でも今日はいつもより強く握られてるような気がする。俺はティファの手を取った。
「なあ」
「ん」
俺は彼女の手を握りながら、言った。
「また、来年も来よう」
「うん」
――――――――――いっしょに?
そう言ったティファの声は、震えていた。伏せられた顔は、また泣いているようだった。俺は手を強く握った。
「もちろん、いっしょだ」
「連れてきてくれる?」
「連れてきてやる」
「うん」
強く握り返された手を、もう離したくない。俺はまだ泣き止んでない彼女の手をしっかり握って、歩き出した。べそをかきながらついてくる彼女と、これからもずっといっしょだ。
―END―
そんな設定ない!なんていわれたらお終いですねwww何よ駆け落ちってwwwただの妄想バカ野郎なんで見逃して下さい。
ニブルにはたくさんの話の種がありますよね。ここが出発点なんだから当たり前じゃん、って感じなんですけど、ここにはマイナスの要素も、プラスの要素も、いっぱいあると思ってます。つまり、まだまだニブルネタは書いていくぞ、ということです。今回は、そろそろ年末も近くなったと考えると自然とお墓参りネタを考えてしまったんですね。
今回はわりと書き上げるのに日にちがかかってないので、内容については詳しく評価できません。まったく、もうちょい練って書けばいいのに、ババッと書いちゃうからいけないんでしょうね。勢いは大分ついてますが。次回はもっと落ち着いて書いていきます。