トナカイさんのおはな

 

 

 

 
 
 
 
 
まだ雪は降らなくて、それでも灰色の雲が低いところまで降りてきている。空一面をゆき雲が覆っていて、なんだかフェルトが頭上に敷き詰められているような錯覚を起こした。今、手足が冷たく、顔が痛いくらいに寒い。
 
朝に霜がおりている光景が当たり前になって、どれくらい経つだろう。もうマフラーなしで町を歩くことなんて考えられないくらい。夏の暑さはまるで違う世界の話みたいだ。
 
白いコートを着たティファが、嬉しそうに歩いている。弾むようなリズムが、昔のころの彼女を思い出させた。12月の町の装飾は、人を幸福にする。煩雑で、混乱に近いくらいの人ざかりや大きな音を除けば。
 
街路樹に電飾コードが巻きつけてある。あたりの店なんかもみんな徹底的に同じだ。夜になればきれいなイルミネーションも、昼間に見ればちょっとヒステリックな感じがする。少し誰かがサボっても問題なくらいの量なのに、みんな飾りたがる。時々、これは人に見せるためにやっているのか、自分で見て満足するためなのかが分からなくなる。まあ、分かったところで自分がするつもりも無いのだけれど。
 
だけどニコニコしながら装飾を見上げる彼女を見ると、こういうのも悪くないと思ってしまう。家に飾り付けをすれば、きっと一日中ニコニコしてくれるだろう。
 
そういえばマリンがイルミネーションが欲しいと言っていた。代わりに電飾のついた小さなツリーをあげたら、部屋に飾って一日中見ていた。女の子って、そういうキラキラしたものが好きなのかもしれない。同じときにデンゼルにスノードームをあげたら、2、3回振って、あとは部屋の片隅で埃をかぶっているだけだった。
 
夜に通りを見に来たいね、とティファがボソッと言った。寒くてあまり大きく口を動かしたくない。そんな話し方だった。俺はそんな彼女の顔を見たくなって、隣に顔を向けると、面白い顔を見た。
 
「もしもし、鼻が赤くなってますよ」
 
「えー、やだあ」
 
ティファが慌てて鼻をこすった。だけど強くこすりすぎたせいで、よけい赤くなっていた。
 
「トナカイ」
 
「ひどい」
 
「いいじゃん、季節だし。流行に乗ってるな」
 
「ばか」
 
鼻が赤いとか、トナカイとか言われて、嬉しい女はいません。フン。
 
そういって彼女はそっぽ向いた。今度は赤くなっている耳に目がいった。耳が赤い動物は、何だったっけな。
 
「ごめんごめん、もう言わないから」
 
「うそ」
 
「うそじゃないよ」
 
「私、草だって食べないし」
 
「うん」
 
「サンタにも会ったことないし」
 
「悪かったってば」
 
―――――――――――――――ねえ、サンタクロースに会わせてくれるなら、私トナカイでもいいわ。
 
白い息とともに吐き出されたその言葉が何を求めているのか分からなくて、俺は黙って苦笑した。ティファはこっちを見ている。
 
「ねえ、サンタに会いたいわ」
 
「プレゼントが欲しい?」
 
「うん」
 
「いいよ」
 
「クラウドじゃダメ、サンタよ」
 
「分かった、手紙出しとくよ」
 
うちにはもちろん煙突なんてないし、戸締りだって厳重だ。きっとサンタの人は手間取るだろう。
 
そんなことを思った。
 
それでも彼女は大きな靴下を用意するんだろか。子供たちの分はすでに用意されている。
 
あの子達はサンタクロースの存在を理解している。どのタイミングで知ったのかは分からない。俺はいつ知ったんだろう、と思い返して、分からない。
 
成長の過程で剥がされてきた夢を、すべて記憶できないのが俺だ。それすら今ここで気づいた。少し小さいショックだ。人はこうして、ぼんやり大人になっていくものなんだろうか。
 
なんだか感傷的になっているようだ。これはきっと寒い冬のせいだと思い込んで、近くの店をゆび指すティファに意識を戻した。ショウウィンドウにはマネキンが暖かそうな格好で、ポーズを決めている。
 
「ニット帽が欲しい」
 
「寒いから?」
 
「うん」
 
「鼻が赤いのは帽子じゃなおせないぞ」
 
「ひどい、さっきもう言わないって言ったじゃない」
 
「トナカイってな」
 
すねて口を尖らせているティファの顔を見た。ちょっといい考えが浮かんで、彼女の首に巻きついているマフラーを取り上げた。
 
「ちょっと、寒いじゃない。返してよ」
 
「じっとしてろ」
 
ぐるぐるとマフラーを、鼻元まで巻きつけた。これで赤い鼻が隠れる。
 
「息苦しいわ」
 
「トナカイとどっちがいや?」
 
「いじわる」
 
「あったかいだろ」
 
「まあ、あったかいけど」
 
鼻を覆ったために、目から下の顔が見えない。彼女には悪いと思ったけど、顔半分が見えない様は、ちょっと不審者に見える。これこそ口に出すと彼女は怒ってしまうんじゃないかと思ったので、黙っていることにした。
 
実際彼女も気に入ったようだ。こちらに向いている目が微笑んでいる。
 
「変かな」
 
「ものすごく」
 
「トナカイと、どっちが変?」
 
「今のほうかな。トナカイのほうが可愛かったから」
 
それならば、とティファは顔を出した。やっぱり鼻は赤いままだ。彼女は少し鼻をすすった。
 
「風邪ひいたんじゃないのか」
 
「そうかも」
 
「早く帰ろう、寒い」
 
まだ雪は降りそうにない。だけど冷え切ったつま先が痛いから、早く家に帰って、風呂に入って、コーヒーでも飲みたいところだ。
 
冷たい風が吹いてきて、思わず首をすくめた。
 
 
 
 
 
―END―
 
 
最近めっきり寒くなってまいりました。まったく、私のようなショートヘア野郎には、冬の寒さで耳が真っ赤になって痛い限りです。鼻は赤くなりませんがww私は冬が好きですよ。星がきれいだから。
もうちょっとボリュームを持たせたかったんですけど、あえなく弾切れです(爆)まあ、季節ものなんで、こんなのもいいかなと思っています。ちなみに私は小学校3年生までサンタを信じていました。
 
 
 
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