こおりの

 

芯まで凍る、冬の夜だ。真っ暗で一番寒い時間に、俺の部屋のドアがノックされる。
 
「リノア」
 
暗いし、顔を伏せているせいで、どんな顔をしているか分からない。でもなんとなく怖がっている、と感じた。
 
「・・・・・・・スコール」
 
「部屋、入れよ。寒いだろ」
 
「怖い夢見たの」
 
「そうか」
 
部屋の中に入っても、リノアは突っ立ったままだった。普段見せないその姿が哀れで、俺はそっと抱きすくめた。
 
「ドライブでも行くか?」
 
「うん」
 
もう消灯の時間をとっくに過ぎているから、二人とも黙って冷たい廊下を歩いた。車のキーをさしてエンジンをかけながら、「どこへ行きたい?」と聞く。
 
「海」
 
「分かった」
 
車を発進させる。誰もいない道路を走るから、少しスピードを出してみた。外は、バラムにはめずらしい牡丹雪だった。こんなに雪が降るのは本当にめずらしいことだ。
 
バラムの海岸に向かう。リノアはよくそこにドライブに行きたがる。
 
車の中でも彼女は黙ったままだった。フロントガラスを見続けている。俺も何も言おうとしなかった。
 
目的地まではすぐに着いた。車をおりると風が出ていて、ひどく寒かった。首をすくめる。顔が痛かった。
 
車のエンジンを切っていないから、戻ればあたたかいのかもしれないけど、リノアが波打ち際に歩き出したから、ついて行った。ここには車のヘッドライトしかないから、足元が危うい。
 
そばに寄った海はひたすら黒かった。不気味にうごめいている。不用意に触れたりでもしたら、飲み込まれそうだった。
 
怖い、とか、気持ち悪い、とかいう感情があふれてきた。
 
いつもはもっと明るいうちに来て、暖かいときだったら、水に足をつけてみたりする。だけど今は出来そうにない。死んでしまいそうだ。
 
リノアはぼんやりと、足元までせまる波を見ていた。何を考えてるんだろう。怖い夢を見た、と言っていたけど、どんな夢だったかまでは話さなかった。今何を考えているんだろう。
 
おかしいことに俺自身が怖がっているようだ。リノアが何か言い出してくれるのを期待している。
 
だけど彼女は何も言わない。もしかして何も考えていないのでは?と思った。ただ自分をリセットしたい気分なのかもしれない。
 
リノアは突然しゃがみこんだと思ったら、波に手を伸ばしていた。
 
「冷たいっ!」
 
と、すばやく手を引っ込めて、水を払うために手をばたばたと振った。一方、いきなり出された大声に、俺は驚いてしまった。彼女が払った水が少しだけ俺の顔にかかる。びっくりしているうちにリノアがしがみついてきた。
 
「寒い!」
 
「・・・・・・・・・」
 
俺は混乱しかけていて何も言えない。
 
「スコール」
 
「・・・・・・・・・」
 
「寒い」
 
「じゃあ帰ろう」と、ようやく言おうとして、寒さで口がうまく動かないことに気づいた。顔の筋肉が固まっていた。手で顔をごしごしとこすった。
 
「じゃあ帰ろう」
 
「いやだ」
 
「いやだって、ここにいたら寒いだろ。どうするんだ」
 
「このまま」
 
そういって、リノアは俺を抱く手に力をこめてきた。黙って抱かれてろ、ということらしい。だけどじっとしていると、リノアは不満そうな声を出した。
 
「ハグは返すもんです」
 
「そうですか」
 
このままとか言ったくせに、わがままなヤツだ。
 
ハグを返すと、触れ合ってる部分が増えて、寒いのが減った。寒くないのはいいけど、真夜中に冬の海の前で抱き合ってる二人は、画としてどうなんだろう。体を離したときはどれだけ寒いんだろう。顔はやっぱり痛いままだ。
 
雪が降るときの寒さって、いつもこうだ。厳しい、と感じる。ただの冬の寒さと違って、雪が降ると、刃物を寝かせたような張り詰めた感じのする鋭さがある。
 
やっぱり寒いから、ハグを終えてすぐ車に乗り込んだ。手がかじかんでいて、ハンドルがまともに握れなかった。親指が使えなくなっている。唇を押し当てると、体温が戻ってきて、まあ動くようになったので、車を発進させた。早く帰って、熱い風呂にでも入りたい。
 
ガーデンに戻るまでの間、二人とも黙ったままだ。リノアは最初は手をごしごしとこすっていたが、今はもうおとなしく、シートにもたれている。
 
雪はまだ勢いを止めずに振り続けている。それを見ながら、俺は何か、奇妙な心地でいた。
 
車の窓にぶつかって溶ける雪に、
 
紙コップを握りつぶしたときのクシャっとした感触を覚えた。
 
雪は生きているわけではないから、窓にぶつかってクシャっとなっても何とも思わないんだろうが、俺は雪の悲鳴を聞いている気分だった。
 
変な話だ。雪は生きていない。
 
そう、生きていない。
 
寒い冬に起きる現象の一種で、ふわふわした動きに、意思なんてない。溶けて水になっても、本質は一切変わりはしない。
 
窓に張り付いた水滴は、本当に冷たそうだった。
 
溶けた後だと分かっていても、夜を含んでメタリックな質感に見えたから、雪よりもずっと温度が低いものに思えた。もしかして溶けてなお、凍っているのでは、と感じた。
 
唇を噛みしめた。なんとなく感情的な言葉を口走ってしまいそうになる。
 
窓にぶつかり、溶けてワイパーに一掃される雪を見ると、なぜか今日はたまらない気分になった。喉元までせりあがってきたものを、口元で必死で押さえても、もうだめだ。
 
「リノア、愛してるよ」
 
「・・・・・・・・・ええ?」
 
前を向いているから彼女が分からない。視界の端で頭を振っていることだけが分かった。
 
「ごめん、寝てた。今何か言った?」
 
思わず噴き出してしまった。考えが暗くなりすぎていたということ。すぐ重っ苦しく、理屈くさくなってしまうのは、俺の持病だ。
 
「あーあ、聞き逃したのか。俺の一世一代の大告白」
 
「え、何、なに言ったの?」
 
「もう言わない」
 
もう一回言って、と大騒ぎするリノアを無視して、俺はアクセルを少し強く踏んだ。雪がべしゃべしゃとフロントガラスに当たって死ぬ。
 
・・・・・・・・・自分が微笑むのを自覚した。
 
 
 
 
 
―END―
 
意味がわからない謎のラストwwちなみに種も仕掛けもトリックも隠し要素もないのでご心配なく。
今回は感情で浮かぶ言葉のままに書いてみました。自分の中ではすべて解決のついている言葉ですので、書いた直後は一種の心地よさがあります。まあ、ストーリー性のないごちゃごちゃな感じですが、きっとこれからもこんな感じです。
これを書いてる今、雪が降ってます。寒いのは苦手ですけど、好きなんですよ。
 
 
 
 
BACK