道端に小さな花が咲いていた。本当に小さくて、おもわず足で踏み潰してしまった。今は罪悪感よりも残虐性が勝っている。そういう破壊衝動が自分の中にあると気づいて、しばらくになる。何でもいいから、きれいなものは壊すか、それともそうしないために遠ざけてしまうのが最近の行動だ。
バイクの配達のときにヘルメットをつけないのも、きっと壊してしまいたいからなんだと思う。何かの拍子に頭がくだけてしまうなら、それはそれでいい。今は傷ついていたい。
最近ずっときつい酒をあおるようになった。ここまでしないと寝付けないから。そんな俺を見てティファがどんな顔をしているか知ってる。でも申し訳ない気持ちがあっても、結局は彼女に当たってしまうことになる。
何だか悪い夢を見てるみたいだ。寝ても覚めても、その境すら分からない悪い夢。夢の中も、現実も、黒い手が顔をぺたぺたさわってくる。耳元で毒のある言葉がささやかれてる。粘度のある視線が向けられてる。吐き出す息が汚れてる。
それでも夜に眠ろうとするのは、体を少しでもオフの状態にしたいから。起きたときに安心するから。だからたくさん酒を飲む。飲んでひどく酔う。酔うとティファがいやな顔をするから、また酒に逃げる。繰り返しだ。
今日もそんな風に浴びるように酒を飲んで、寝付こうとする。いつもと違うのは、部屋にティファが入ってきたこと。
「ねえ」
「・・・・・・・・・・」
「どうして」
「・・・・・・・・何が」
「どうして、そうなの」
「・・・・・・・・・・」
ベッドにうつ伏せでいるから、彼女がどんな顔しているか見えない。でも、分かる。眉がどんな形だとか、口元の震えだとか、細められた目だとか。ありありと想像できる。俺には分かる。
彼女が俺にがっかりしていることが、分かる。
枕に顔をうずめているから息苦しい。それでも顔を上げる気になれないのは、彼女の顔を見たくないからだ。そして今の自分の顔を見られたくない。
「どうして、何も言ってくれないの」
「・・・・・・・・・・」
「嫌いだから?」
「ちがうよ」と俺は言ってやれない。そんなこと言っても意味がないことを俺は知ってる。本当は、きらいになったんじゃなくって、ふれていたくないだけ。なるべく距離を置きたいと思っている。破壊衝動にまかせて、不用意に非情な言葉を突きつけて、彼女を傷つけたくない。だけどすでに十分に彼女が心を痛めているのも分かっていた。
「だったらそう言ってくれたらいいじゃない」
「嫌いなんて言ってない」
「口にしないだけよ」
「・・・・・・・・勝手な想像だな」
「どっちが?」
「・・・・・・・・出て行ってくれ」
怒ったり彼女の話を聞いたりするよりも、俺はずいぶん疲れているらしく眠ってしまった。
理想に追いつこうと必死になるあまり、俺はダメなやつになった。今ではなんで理想なんて抱いたのかも、それに追いつけると思ったのかも分からない。一緒に暮らし始めたころは、こんな状態を予想なんて出来なかった。もっと彼女を大事に出来ると信じていた。
「クスクス」
誰かが、耳元でそんな風に嘲笑した気がした。驚いて、起き上がっても誰もいない。部屋に充満した闇しかない。ティファはとっくに扉の向こうへ消えている。
ピンクのリボンが彼女の二の腕に結ばれていたけど、それが揺れただけなのかもしれない。それは俺の腕にだってある。
数日後、俺は少年に出会った。
出会ったなんて表現は適切でない。いつものように配達している合間に、見つけた。
最初は転んでいるのかと思った。配達の帰りに花を贈りに来たスラムの教会の前に、その少年はいた。俺のバイクのすぐそばに、倒れていたのだ。意識がなかったし、呼吸も細く、体温が低かったから、慌てて家に連れ帰った。
なにより、少年は星痕だった。
デンゼル。栗毛で、くるくるした天然パーマが特徴だ。大きな丸い目も。
目をさまして、事情の一切を聞いたら、ティファがここに置いてやろうと言ってくれた。やさしそうな声だった。
その言葉に素直によろこんで、そばにいたマリンの手を握ったりなんかして、ひさしぶりに心底笑みがうかんだ。
不安そうにしていた少年が、ほんの少しだけ微笑んで、俺は部屋の温度が少しだけ暖かくなったと錯覚した。
「クスクス」
そんな小さな声が聞こえた気がした。
その日はデンゼルに俺の部屋をあてがって、そこに寝かせることにした。必要なものがそろえばマリンと同じ部屋にするらしいが、とりあえずそれまで俺はソファで寝る。これはティファの提案だった。
だから夜になって、ティファは毛布を持ってきてくれた。俺はなんとなく、たまらない気分になった。
「ありがとう」
「ん?」
「いや、デンゼルのこと、ありがとう」
ティファは首を振った。「お礼なんていわないで」と、そう言って微笑みながら、
「なんとなく、他人事には思えなくて」
「うん」
「私、バレッドが拾ってくれなかったら、今の自分がないって思ってるの」
「うん」
「ねえ、クラウド、今度は私の番だと思うの。そう思ったの」
「そうか」
気がつくと、彼女は切実な目をしていた。そういえば、まともにこの人の目を見るのはひさしぶりだ。もしかしたらきっと、今までずっとこんな目をしていたんじゃないかと思った。
俺が気づかなかっただけで。
顔を伏せて、俺は手渡された毛布を見た。このまま正視し続けてはいけない。こみあげてくるものがあるからだ。それがあふれたとき、俺はどうなってしまうのか分からなくて、いつだって怖い。
一言だけ、つぶやいた。
「だけど、苦労かけるよ」
「分かってるなら、いいわ」
彼女は背を向けて、自分の部屋に戻っていく。俺はその足音が聞こえなくなるまで、そのうしろ姿を見ようとしていた。
新しい家族が増えたうちの生活は、おだやかなものだった。
そう、家族っていう言葉が適当な言葉になった。最初はおとなしかったデンゼルの笑顔は意外と大きくて、すぐにマリンと打ち解けて兄妹みたいになった。世話をすることで少し忙しくなったティファは、屈託なく笑うようになっていた。きっと俺もそうだったはずだ。
やわらかい生活は単純なものじゃなくて、毎日に緊張感があった。あまりデンゼルから目が離せない。だから俺は少しだけ仕事の量を減らしたりするようになった。ティファにだけ世話をさせるわけにもいかない。なにより俺が連れてきた子だ。
だから俺はもうめったに悪い夢を見たりしなくなった。酒にもおぼれない。「もしかして父性ってこんなものなのかな」とうぬぼれてみたりする。
でもそんな風に正常になると、今までしたことがまわりの人間を傷つけたという自覚と罪悪感が浮き彫りになる。俺はまともじゃなかったとはいえ、ひどい振る舞いをした。ティファやマリンがどれだけ傷ついたか知れない。無下に扱ったし、悪いことも言っただろう。これからは、きちんと大事にするべきなんだ。
だから言葉にしてみることにした。許してもらえなかったら、それはしかたがない。すべては俺の勝手さでまいた種だ。処理するべきである。
深夜、仕事を終えて帰ると、店の後片付けをしているティファがいた。こちらを見て、少し笑う。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま・・・・・・・・」
だけど、いざ何か重大なことを言おうと思うとき、人間は口が重たくなってしまうものらしい。ぼんやりとそこに立っていると、ティファの作業は終わりに入ったらしく、手を洗っていた。
「クラウド、どうしたの」
いつまでもそこに突っ立っていたから、彼女が不審がる。返事をしないまま、そばに歩み寄っていた。
手が、肩にふれようとした。
そこでためらってしまう。いいんだろうか。
「・・・・・・・・」
ティファがこちらを見ている。抵抗のない表情。
ふれるだけのつもりだった手が、予想外に動いて、彼女を抱き寄せていた。彼女はわずかに驚いていたけど、すんなりとおさまった。
「なんというか・・・・」
「うん」
「ごめんな」
「・・・・・・・・何が?」
「いろいろ」
「抽象的ね」
「とにかく、ごめん」
「んー」
ティファが身を深く寄せた。互いの体がなじむ。不鮮明になっていく境界。
「今後の行動に期待、かな」
「ありがとう」
「許したわけじゃないのよ」
「分かってる」
抱き寄せた腕に力がこもる。壊してしまわぬように、注意する。
額に口付けした。
「それだけ?」とティファはささやいてくる。
挑発的な目つきだった。
あっさりと挑発にのって、そのまま部屋に連れ込んだ。
暗い部屋で、きつく感じる程度に抱き合った。彼女の衣服を剥ぎ取りながら、理由もなく涙が出てきて、何かを叫んでしまいそうになる。抑制をきかせるのに苦労した。夢中で手足を絡めて、何かを忘れようとして、思い出そうとして、彼女が俺の首筋に立ててくる歯の感触を、覚えていようとした。
こうしている間は、もう他人じゃないと思えた。勘違いだっていい。今はこの人と何らかのつながりが欲しかった。
彼女のあたたかい感触に、溺れた。まっすぐ好きでいるのは、思ったよりも楽で、正しいことだと思えるまで。
行為のあと、彼女の顔を覗き込んでみた。かすかに開いた口に、目がいく。思わす手をのばして、人差し指でふれていた。
「ティファの唇って、特徴的だよな」
「キスしたくなる?」
「うん・・・・・・・・・・」
そのまま顔を近づけて、唇を重ねた。そうして思った。
まだ俺たちは大丈夫だ。
駄目になりかけてたけど、こんな風にきっかけさえあれば、いつでも治せる。
だから、またなにかあっても、大丈夫。
「クスクス」
小さな声が聞こえていて、そのまま眠りに落ちる。悪い夢なんて見るはずもない。睡眠は健康そのものだった。
次の日の朝、起きてみるとベッドに彼女はいなかった。大きく背伸びしてまどろんでいる間に、子供たちが元気そうにしている声を聞いて、起き上がる。
(何だか寒いな)
と思うと、何も着てなかったことに気づいた。昨夜服を投げ捨てたような記憶があるから、探さなくてはと考えてると、服がベッドのサイドボードにたたんであった。ティファがして行ってくれたんだろう。彼女は今朝食の準備をしているはずだった。
身支度を整えて食卓につくと、ティファと目が合った。
彼女は、にっこりとした。
俺はつられて笑った。もう何も心配しなくていい。そう思える表情だった。
失敗してしまったことや、死んだ人を思い出して、自暴自棄になるのはもうやめだ。目をそらすのも、だれかにひどい振る舞いをするのも、結局何も役に立ってないことに、ようやく気づいた。遅すぎるくらい。だけど、間に合わないこともないだろう。
さきは分からないけど、きっと人生はまだまだ長い。
だから、もう少し、もっと、ポジティヴに、やさしく生きてこう。
はじめてティファと暮らし始めたころと、同じことを思った。もう失敗は繰り返さない。きっと大丈夫だ。
それから数日たった。
いつもの配達の途中、ジュノンから東に位置する場所でモンスターに遭遇した。相手は3体。左から襲いかかってきた。
バイクから飛び降りた。すでに剣をにぎっている。
こんなの雑魚だ。一分もかからない。たちまち切り倒して、戦闘が終わった。再びバイクにまたがろうとしたとき、
(え?)
急にめまいがした。体のバランスがくずれ、ひざをついた。
(なんだこれは!)
ひどい悪寒がある。鳥肌が立った。あきらかに体が警告を発している。だけど何なんだこれは。敵からダメージを受けた記憶はない。毒をくらったわけでもなさそうだ。
ピンクのリボンを巻いている左腕から、割れるような痛みが脈打っている。くるしい。意識が混濁する。地面に手をついて、体を保とうとするが、すぐに倒れこむ形になった。
そのまま、気を失った。
「クスクス」
どれくらい時間がたったのかわからない。だけどおそらく10分程度だっただろう。何も無かったかのように、意識がはっきりと取り戻せた。
ただ、左腕が痛い。袖の長い服で確認できないが、おそらく打ち身だろう。いつの間に攻撃を受けたんだろう。それも意識を失うまでに。
服についた土を払って、残った仕事を済ませるために、バイクに乗った。それにしても、あれは一体なんだったんだろう。
仕事はいつもどおり、難なく済んだ。家に帰るころには、すでに左腕の痛みは消えている。残っているのは疑問だけだ。しかしそれも一日の労働で薄れかけている。
最近は家に帰るのが楽しみだ。みんな明るく迎えてくれるから。
「おかえり」と、今日はマリンが迎えに出てくれた。「今、ティファはお店がいそがしいの」と、大人っぽい口ぶりだ。
「おふろわいてるよ」
「そう、ありがとう」
「おなかすいてる?」
「うん」
「すっごく?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、ゆっくりおふろ入ってて。ごはん、まだ用意できてないから」
「分かった、デンゼルは?」
「お昼にちょっとつらそうだったけど、今はお店のほうで手伝ってるよ」
マリンにうながされて、俺は浴室に向かった。
服を脱ぎかけて、(そういえば)と思い出した。打ち身があるはずだ。具合を見ておかなければ。
脱衣所には大きな鏡がある。その前に立って、俺はシャツを脱いだ。
黒い、痣があった。
リボンが巻かれたすぐ下の場所に、黒い痣がある。
呼吸が、止まった。打ち身の痣にしては黒すぎる。考えられることは、一つしかなかった。
まさか。
手で触れて、ぞっとした。
嘘だ、うそだ。そんなはずは。
手を離して、手のひらを見てみた。
真っ黒な手のひら。
星痕だ。
「クスクス」
という嘲笑が、ようやく明らかな言葉を持って、俺に一つ言い渡した。
これで心は、気持ちは、考えは、以前の暗い時期に逆戻りだ。悪いものが俺を捕らえてくる。はげしく絶望して、自虐的な感情が剥き出しになる。にやにやと、俺を孤独に追いやる。
黒い感情がわきあがってくる自分を、意識している。止められそうもない。
なんでこうなったのか。俺は今まで自分がしでかしたことを、十分理解できている。ずっと考えてきたことだ。俺の罪が何を求めているのか。どうやって償うべきか。俺が、どうやって生きていくべきなのか。これからどう転落するのか。
結果がこれなんだ。こんな風にして答えが出されるなんて思ってもなかったけど、こういうことだったんだ。
俺は、
死ぬんだ。
「・・・・・・・・・は」
大丈夫だなんて。
「・・・・・・・・・・ははっ」
きっと大丈夫だと、前に思ったばかりだろう?
笑わせんな。どこが大丈夫なんだ。
涙も出ない。奇妙な笑いで、息が苦しいだけ。ようやくこみ上げてきた涙も、瞳の中で停滞するだけで終わった。
シャワーを浴びても、やはり痣が消えることはなかった。俺は着替えて、自分の部屋に向かった。
ベッドに突っ伏しながら、めまいを感じて、(もしかして夢でも見てるんじゃないのか)と思った。夢なら早く覚めてくれ。
もちろん俺は現実の中にいた。その証拠にしばらくすると、デンゼルが「ごはんの準備ができてるから」と呼びに来てくれた。明るい声で呼んでくれたから、俺は思わず微笑んだ。決してさっきのことを気づかせてはいけない。
「仕事してた?」
「いや、ベッドで横になってた」
「疲れた?」
「うん、少しだけね」
「じゃあ、ゆっくりでいいよ。ティファには言っとく。お店ももうすぐ閉めるんだ。俺とマリンも、もう寝るとこだし」
「分かった。ありがとう。おやすみ」
「おやすみ」
時計を見ると、10時になっていた。たしかにこの時間には子どもは寝なくてはいけない。
だとしてももう店を閉めるなんて早すぎる気がした。今日は人が少ないんだろうか。
(ティファにはなんて言おうか・・・・・・)
どのように伝えるにしても、彼女が店じまいをして、ふたりになったときのほうがいいと思った。デンゼルが勧めてくれたように、少し時間を置いてから食事をとろうと思った。ベッドにもう一度横たわって、ティファに何と言おうか考えていた。ぐるぐるして、あまりまとまらなかった。
11時が過ぎたころ、いつものように、店のカウンタに座って食事をとった。ティファは先ほど店を閉めたようだった。彼女が洗い物をしている間、俺は食事をフォークでつついていた。あまり食欲がない。食べ物を口に含んでも、味を感じられなかった。
頭の中にあるのは、自分に起こったことを、どうやって伝えるかということだった。へたをすれば、俺だけじゃなくて、この人も傷つけてしまうのはあきらかだった。
「ティファ・・・・・・」
「何?」
彼女は首をかしげてこちらを、見た。
「ティファ、俺、星痕なんだ。デンゼルと同じ。死ぬんだ」とは言えやない。だけどいずれ分かってしまうことだろう。
言うか、言うまいか。
「どうしたの?クラウド」
ティファはにっこりと微笑んだ。
「クラウド?」
電灯がもたらす光が、彼女の輪郭をぼんやりと白く光らせていた。
ティファの瞳の深い色を見た。
・・・・・・―――――――――ああ、
・・・・・・だめだ。
言えない。
ティファ、
「・・・・・・・・・いや、なんでもないよ」
「なにそれ、何か言おうと思ったんじゃないの?」
「呼んだだけ」
「クラウド?」怪訝な声が俺を追いかけようとする。
「呼んだだけだよ」
手元のカップに目を落として、逃げた。黒いコーヒーが、そこにあった。
あと何回、このコーヒーが手元にあるだろう。あと何回、彼女を『呼んで』いられるだろう。
俺は、どれくらい保つだろう。
そのとき俺は、ティファのそばにいるんだろうか。
ベッドに横たわって、目に見える天井と、俺の死を見る家族を想像した。
想像のなかの家族は、みんな泣いていた。
俺は死にかけていて、彼らに何も出来ない。
何も出来ない。
急に体が冷えて、震えた。気持ち悪くなった。
慌てて立ち上がって、部屋を出た。トイレにかけ込んで、便座に突っ伏して、咳き込んだ。
こうしてわき上がってくる恐怖に、迫ってくる死に、何も出来ない。
拒否感で、食べたものをすべて吐いた。
「クラウド、大丈夫?」
扉の向こうでティファが心配している。小さなノックが聞こえる。
「ねえ、クラウド、大丈夫なの?」
胃液の逆流に苦しみながら思った。
(出て行こう)
この家から。
「クラウド、大丈夫?」
心配してくれるティファの声が遠くに聞こえる。こうして厚さわずか数センチの扉にはばまれているだけのに、やがて二度とまみえることのない人になるんだと思うと、思わず涙があふれて、声を立てずに泣いた。
コーヒーより真っ暗な景色が見える。対照的に視界は白く霞んだ。
深夜、家族がみんな寝入ったと思われるころ、俺はひとり出て行く準備を済ませた。
持って出るものなんて必要最低限でいい。ありすぎたって、いずれは不要のものだ。デスクを簡単に整理する中で、いつだか家族全員で撮った写真に目がいった。
カメラのレンズに向かって、ハイチーズ。完全ではないけど、みんな笑顔だ。一番いい写真をフォトフレームに入れたんだ。まともに撮れたのはこれぐらいしかなくて、あとは誰かが目をつむっているだとか、笑顔が準備できてないとか、よそを向いているとかで、全部ボツになった。
これぐらいは、持って行ってもいいよな。
写真を抜き取り、空っぽになったフォトフレームだけが残った。出て行くって、そういうことだ。からだけが残る。
家族がどんな思いをするなんて、あまり考えたくなかった。足が重くなってしまうから。
とくにティファに対しては、特別な感情がある。あの人は、俺を信じていてくれたはずなのに。俺が大事にするべき人だったのに。俺がやったことはすべて半端で、俺が消えるだけで、こんなあっさりと終わってしまうのだ。
俺は、今まで大事にしようと思っていたものを、自分で壊すのだ。自ら、進んで。
・・・・・・・すがりつく愛情は、切り捨ててしまえ。
だけど本当は、ティファだって、道に咲いた花だって、壊したくなかった。
でも違う。
愛してみるのが、もう間違いだったんだ。
しずかに、音をたてずに、家を出た。バイクはエンジンをかけずに、押して歩いた。家の外は、街灯の明かりがあるから、歩くのに不便はしない。
ここから、どこへいく。
そんなことは、頭の中にあるようで、あまりない。家を出た感傷と、いりまじって、どろどろの状態だ。
吐いた息が白い。
いや、よく見ろ。本当に白いのか。
白くなんてなかった。夜の黒に染まりきれずにグレーになっている。白くも黒くもない。吐く息まで中途半端なのか。
もう一度息を吐いて、グレーの息とともに、暗いところへ歩いていった。
―END―
ずいぶんと長く書いてしまいました。
AC前の話です。公式で小説が出ているようですが、実は読んだことがないです。ウィ○ペディアでちょこっと見ましたが、本が欲しいなと思う程度で、買うにはいたりませんでした。つまり、ほとんどが創作です。「こんな話、ねえから!」と思われた方、申し訳ありません。フリーダムで書きまくりました。二次創作なので許してください。
あまりきれいじゃないラストですが、個人的にはわりと満足したものになりました。