ノネズミくんの前歯

 

 
 
「それで?」
 
ゆったりとソファに座っている姿が、マフィアのボスや皇帝のようによく似合っていた。サイファーは若いくせにそういう変な威厳みたいなものがある。
 
「それでって?」
 
「ようするにただのケンカだろ」
 
リノアはぶすっとした。確かにケンカした。だけど、ただの?
 
「ただじゃないとか言うんじゃないぞ」
 
「ただじゃないもん」
 
「いいや、ただだね」
 
横に控えている風神と雷神も、サイファーにうんうんとうなずいていた。今のところ、3対1でリノアの負けだ。
 
「あれだろ、あんたが一人で勘違いして騒いで、あんたに耐えられなくなったスコール少年がキレた」
 
「何その言い方」
 
「違わないだろ」
 
手元のテーブルに目線を落とした。ぴかぴかに磨き上げられていて、こういうところにも性格って出るんだと思うと、妙な気分になった。
 
窓の外にはバラムの美しい海景色がひろがっていた。のんびりした午後の明るい海。
 
スコールとケンカした。ほとんど一方的に私が怒ってるばかりだったけど、最後に彼が大きく一喝したことにびっくりして、私は思わずガーデンを飛び出した。
 
今はサイファーの根城(?)におじゃましている。バラムの町でぶらぶらしているところを保護された。
 
スコールは追いかけてきてはくれなかった。リノアは少し失望していた。ガーデンを出てすでに2時間は経っている。真面目に探しているならすで見つかっても十分な時間だ。
 
「だったらもういっぺん自分で話してみろよ。俺の言ったとおりだから」
 
「ふん」
 
「なんだったら俺が言ってやろうか」
 
「結構です」
 
「嫉妬っていうのはな、人間の」
 
「やめてよ」
 
リノアは立ち上がった。自分がしでかしたことくらい分かっている。だけど認めたくないことだった。誰か私の気持ちを理解してくれ。
 
「座」
 
風神が服の端っこをひっぱって、座らせようとしてきた。落ち着けと言いたいようだ。
 
「ところで、あいつ、キレたって?」
 
「まあ」
 
「どんな風に?」
 
「どうって?怒鳴っただけだけど」
 
「歯を見たか?」
 
「歯?」
 
「そう、歯。tooth」
 
「歯がどうかしたの?」
 
「歯を見たらな、分かるんだよ。あいつがキレてるってな」
 
それは新しい発見だ。ものすごく興味を持った。身を乗り出して、話をねだる。
 
「どういうこと?」
 
「あいつっていっつも、こう」
 
サイファーはスコールの口真似をした。
 
「ぼそぼそ話すだろ」
 
「うん、話す」
 
「だけど腹が立ってくると声が大きくなってくるし、殴りつけるみたいに話すから」
 
サイファーは口の端をひっぱった。彼の、白くてずいぶんと良い歯並びを見た。
 
「奥歯が見える」
 
「へえ」
 
これには感心した。思えばこの人は私よりもずっとスコールと長い付き合いなのだ。これが当たり前なのかもしれない。
 
だけどひとつ、妙だ。パターン性を見つけるということは、すでに何回も観測していると言うことだ。仲が悪いとは聞いていたが、何回も怒らせたんだろうか。
 
「ずいぶん詳しいのね」
 
「まかせろ。伊達にあいつとケンカしてきたわけじゃないからな」
 
言っちゃったよ、この人。
 
自慢そうにしているけど、そんなすごいことじゃないぞ。ケンカだよ、ケンカ。
 
そう思うとリノアはあきれた。
 
彼女のそんな気持ちも知らず、サイファーはゆったりとソファにもたれなおした。やっぱり年のわりに、凄みがある。タバコでもあればもう完璧だ。だけどサイファーはなぜか吸わない。
 
気がつくと雷神がお茶を入れてくれていた。見た目とのギャップに危うく噴き出しそうになった。
 
「いい茶葉使ってるもんよ」
 
そうですか。ますます違和感。
 
風神はおかわりを所望していた。あいかわらず変な口調だった。
 
熱いお茶は確かに美味しかった。ここでようやくむしゃくしゃした気持ちが和らぐのを感じた。
 
そう、リノアはむしゃくしゃしていたのだ。
 
日常にも、スコールにも。
 
ガーデンにおいてリノアは魔女として保護・観察される立場だ。そのため生活の一部を提供してもらっている。部屋を一室あてがわれているし、ティンバーでの活動に、SeeDを連れて行ってもいい。もちろんスコールは無条件で、いつでもどこでも貸し出してもらえる。
 
ティンバーでの活動は、やっぱりネズミが壁に穴を開けるぐらいの効果しかない。その穴は見つかり次第すぐにふさがれる。だから最近は前歯がけずれてしまったような、そんな疲労感があるのだ。いつになったら、大きな穴をあけて新しい風を通し、さらに自分たちの壁を築けるようになるのだろう。むしゃくしゃしている。
 
ガーデンに行けばリラックスできると思って行ってみれば、なんとスコールはどこの誰だか分からない女子と話をしていたのだ。人がせっかく癒してもらおうと思ってたのに、こんなのってない。
 
こちらが歩み寄っても彼は、「来たか」と簡単にしか口にしなかった。もっと感動してくれてもいいものを。
 
ひどい、ひどい。よけいむしゃくしゃだ。
 
リノアは彼の気を引こうとした。部屋にこもって、彼が来るのを待った。いつもはリノアから何かアクションを起こすものだからだ。気になった彼は、待っていればこちらへ来るはず。もしくは「おい、俺の部屋に来ないのか?」と声をかけてくるはず。
 
だけどその予想は甘かった。1時間してもスコールは来ない。リノアの手の中では、携帯がむっつりと黙っている。
 
なんで!?さっき会ったじゃん!「来たか」って言ったじゃん!
 
来たよ。私は来た。だからやさしくエスコートしてよ!
 
ああ、ダメだ。我慢できない。部屋を出て、ゼルに協力を頼んだ。「理由は聞かないで。とりあえずスコールの前で私と楽しそうにしてくれるだけでいいから」
 
ゼルはノリノリで協力してくれた。彼とリノアは廊下で発見したスコールの前で、わざとらしいまでにいちゃついてみせた。
 
「・・・・・・・・・・」
 
無反応だ!
 
彼はすたすたとどこかへ歩き去ってしまった。
 
カッときたリノアは走り出していた。ここから先は記憶があまり定かでない。ものすごく頭にきていたから。
 
経緯は覚えていないが、スコールの部屋で、リノアは騒いだ。さんざん騒いだ。大きな声も出したし、叩いたりもした。だけど度が過ぎたのかもしれない。黙っていたスコールは前触れもなしに、突然怒った。
 
「いい加減にしろ!」
 
普段絶対聞かないような、びりびりとお腹に来る大きな声だった。びっくりしてリノアはすくんでしまった。はっと息を呑めば、急にじわーっと涙が出てきた。気がつくとガーデンを飛び出している。
 
リノアはもう一度お茶を口に含んだ。いい香りがする。ほっと息をついて、反省の心がにじんできたのを感じた。
 
帰ったら、スコールに謝ろう。
 
私がやりすぎた。ちょっと気にかけて欲しかっただけだったと。ごめんね。
 
だけど問題は、どうやって帰るかということだった。あれだけ派手に出てきた以上、あっさり帰れるはずもない。
 
サイファーに聞いてみよう。この男なら何かいいアドバイスをくれるかもしれない。
 
ちらりと見遣った彼は、電話を手にしていた。
 
「もしもし、お宅の魔女さんお預かりしてますよ」どうやらガーデンにかけているらしい。
 
「は!?ちょっと何してんの!?」
 
「俺?とりあえず委員長出せ。そしたら分かるから」
 
「やめてよ、何するのよ」
 
「あんたは黙ってろ」
 
電話を奪おうとした。しかし風神と雷神に妨害されてうまくいかない。
 
「あ、もしもし、お前何?仕事してないの?・・・・・ああ、いるけど。だから電話してんだろ・・・・・うっせえな、早く来いよ。ガーデンと違って、うちはそんなに広くないんでね」
 
リノアはいらいらした。半分くらいはそわそわに近い。
 
電話は早々に切られた。不満そうにするリノアに、サイファーはひとこと放った。
 
「もう十分だろ。お茶飲んだら出て行きな」
 
約20分でスコールは迎えに来た。
 
バラムの入り口で、リノアは引き渡された。送り出してくれたのは風神と雷神だ。サイファーは来ない。
 
「ケンカよしとくもんよ」
 
「愚」
 
と叱られた。その間リノアもスコールも黙っている。
 
迎えの車に乗り込んですぐ、リノアは謝った。効果があったのかどうかは分からない。すでにスコールは落ち着いていたからだ。あの大声を出したのは別人だったのではないかと思ってしまうくらい。
 
「俺も、悪かった」
 
そう小さくつぶやくと、車を発進させた。ガーデンについてからは、リノアはスコールの部屋に飛び込んだ。もう上機嫌だ。だってスコールがお迎えに来てくれたから。これからはわがままもたくさん聞いてもらえるから。
 
ハグをねだり、キスをせがみ、スコールがしだいに疲れてくるまでべたべたした。
 
「疲れたんだけど」とお手上げのポーズをするスコールを見て、サイファーから聞いた彼の歯の話を思い出した。
 
「ねえ、怒ってる?」
 
リノアは思い切って、スコールの口元に顔を近づけていた。彼はびっくりしてのけぞった。
 
「なんだよ」
 
「怒ってない?」
 
不機嫌そうに、彼は向こうを向いた。小さく「別に」とつぶやいたのが聞こえた。
 
「やっぱりね」
 
「なんなんだ、さっきから」
 
「サイファーがさ」
 
リノアは先ほどサイファーが言っていたことを説明した。今のスコールは歯を見せていない。
 
「ふん」
 
「当たってるでしょ」
 
「さあ」
 
ここでスコールはちょっと悪そうな顔をした。映画とかで、悪いやつが悪事をばらすときみたいな顔。
 
「なあ、知ってるか?」
 
「知らない」
 
「あいつの前歯」
 
「前歯がどうしたの」
 
「差し歯なんだ」
 
「差し歯?」
 
スコールは少しだけ勝ち誇ったような顔をした。だけど淡すぎてリノアもあまり気づけないくらいだ。
 
「なんで差し歯なの?まさか虫歯?」歯医者に行かないと意地を張った結果、歯が抜け落ちたのか。ありえそうな話だ。
 
「ちがう。殴られたんだ」
 
「・・・・・・・ねえ、なんでそんなこと知ってるの?」
 
この問いはもう意味がない。すでに答えが出ているようなものだ。正確には「誰が?」と聞くほうがいいのかもしれなかった。
 
「俺がやった」
 
リノアは黙った。そこから先は聞かない。どうせケンカなんだろう。だけど前歯が折れるぐらい思いっきり殴るなんて、どれだけ仲悪いんだこの人たち。
 
スコールとサイファーは、話していると調子が狂う。常識が通じない部分があって、会話や行動から、それが欠けているのが分かる。体を斜めに傾けたくなってくる。
 
なんだかこのふたりは似ている。
 
ふたりとも同じくらいに傾斜した性格で、だけど彼らが合わない理由は、もしかしたらその傾斜がまるで逆方向に向いてるからかもしれない。たがいにマイナスの向きなんだ。
 
「ねえ、怒ってる?」
 
「別に」
 
「じゃあなんであのとき追っかけてきてくれなかったの」
 
「もうそれはさっき話した」スコールはお手上げのポーズ。リノアは彼にしがみついた。逃がさない。
 
「出てったと思わなかった?そんなわけないじゃん」
 
「そうなんだってば」
 
「うそー」
 
スコールはぼそっと、情けない声で言った。奥歯は見えず、前歯がかすかにのぞいた。
 
「なあ、なんだかんだいって、俺はあんたがいないとダメなんだ」
 
「・・・・・・・・私もそう思う」
 
 
 
 
 
―END―
 
 
 
 
つ、つかれた・・・・・。さまざまな場面において嫉妬って苦手なんですよ。だったら書くなって話なんですけど、書きたくなっちゃって。予想外にエネルギーを使いましたね。
最近冷たいものが歯にしみます。あれっ、そんな歳だったっけ?知り合いの話によると「疲れからきている」だそうです。これからはきちんと寝ます。
 
 
 
 
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