アクセサリは人を着飾る。しかし行き過ぎるとひどく醜い。一体どこまでが美しく、どこからが恐ろしいのだろうと思うことがある。
シルバーアクセサリが好きで、今日はリノアと一緒にショップに来ていた。俺がピアスを見ている間、リノアはネックレスに興味を引かれていた。
ピアスは耳につけるものを選んでいた。耳以外にもつけてみたいと思ってるが、あまりする機会がない。首から下へのピアスではなく、顔にしてみたい。たとえば唇や、舌にしたい。眉尻などの目元近くのピアスなんて本当に憧れてしまう。ちょっとマニアックで過激なのが好きだ。鏡に映った自分の顔に、ピアスが光っているのはけっこういいものだと思う。
だけどピアスの穴を開けるという性質上、迷っている。日常に影響しそうなこと考えると度胸がなくなってしまう。口元につけた場合、苦労するだろう。
「どれがいいと思う?」
とリノアがいくつか気に入ったものをさし出してきた。さっきの思考が中断される。
「これ」
「やっぱりね」
「やっぱりって何だ」
「聞いてみたかったの」
「だけ?」
「だけ。当たると嬉しいから」
リノアはにっこりした。にっこりして、こちらを見てくる。どうやらおねだりしているようだ。こんなのよくあることで、もうなれっこだ。だいたい俺も彼女も、そういうつもりでここに来たようなものだ。
会計を済ませるとき、リノアは店員に声をかけた。彼の左耳には、これでもかとピアスが群がっている。
「おにーさん、ピアス、すっごい」
「ありがと」
「そんなにいっぱいしたら、痛くない?」
「最初だけ、ちょっとね」
「やっぱり」
「これがけっこうきつかったよ」
そういって、彼は舌を出した。べえっと出された彼の舌には、ピアスが穿ってあった。耳だけでないのか。
「うわあ、痛そう」
「かっこいい?」
「全然。すごく痛そうだもん」
「全然?ひどいな。そう思わない?」
ピアス男は俺に目線を向けた。急にこちらを向くから、俺はびっくりしてしまった。
「痛そうだ」と当たり前のことが口から出た。
彼はにんまりした。「俺、マゾなんだよ」と言って、乾いた声で笑った。リノアは唖然としていた。
店から出ても、リノアは気に入らないようだった。何度も首をひねって、「分からない」とつぶやいていた。
「ねえ、あれ絶対痛いよね」
「まあ。突き刺さってるもんな」
「かっこいいって、思う?」
「思う」
「うそー、痛そうじゃん」
「痛そうだけどな」
「マゾ?」
「そんなのあんたは分かってるだろ」
「たしかに」
仲間内では俺はちょっと有名なサディストだった。けっこういたずらが好きだから。ガンブレード以外では固め技や締め技が得意だから。
「たとえばさ」
「うん?」
「タトゥーをしてみたいと思ったことが?」
「あるね」
「痛そうじゃない?」
「それは思うけど。それでもしてみたい」
どうして?とリノアは首をかしげた。
自分に描く模様。自分に対する好意と悪意、そして変身願望がなければできないことだ。俺は悪意の意味が強い。影のようなペイントで、背中に背骨のかたちを彫りこんで欲しいのだ。自分にまっ黒いペイントがあれば、きっと嬉しいと思えるだろう。
もうリノアはこの話題に興味がないらしい。手をこすって、ぶるぶると身震いしていた。店を出て少し経つから、体が冷えたのだろう。
「はー、寒いなあ」
「今晩降るらしいな」
「えー、本当?」
「天気予報ではな」
「ふーん、早く春にならないかなあ」
「もうちょっとだ」
「そうかな」
「バラムの春は早いぞ」
「そう?」
「うん」
「じゃあ春までバラムにいようかな」
「そうしてくれ」
ガルバディアやティンバーの春がいつ来るのかはよく分からない。だけどバラムのほうが早いのは明らかだ。冬に入ってからリノアがバラムガーデンに滞在する時間が増えたのを俺は知っている。正直なところ、それがとても嬉しかった。
「ティンバーはやっぱ寒いなあ。今朝だって霜が降りてたし」
「霜が?」
「うん。ねえ、霜とか見れるときって、なんか空気がピンって張る気がするの。あれって私だけかな」
人間の知覚について俺はあまり詳しくない。だけど体内の水分かもしれないと思ったことがある。もちろん根拠はないから人には言ったことがない。
「いや、俺もある」
「やったあ」
「嬉しいのか」
「うん」
霜って白いから雪が積もってると勘違いしちゃうよね、とリノアはつぶやいた。
たしかに早朝にみる草木のふちは霜で白くなっている。
・・・・・・・・もしも俺が夜中からずっとそこに立っていたなら、俺もこんなふうになるんだろうか。
ふとそんなことを考えた。
霜に縁取られた体。唇や指先が凍る。ぞくぞくした。きっと冷たくてキラキラして、とてつもなく間抜けな姿だ。
なんだか今日は思考が妙だ。いや、今日に始まったことではないのかもしれない。どちらにしても、リノアに話せば「えー、変なの」と一蹴されそうなことばかりが頭に浮かぶ。もしかしたら自分に対して何か不満でもあるのかもしれない。今のところ、自覚はそれほどない。
ぼんやりと街を二人で歩いているうちに、どこからは分からないが、たくさんの人の声が聞こえてきた。楽しそうな喧騒。
どうやら近くでサーカスが来ているようだ。たくさんのビラやゴミが地面に散らばっていた。子どもたちがどこかへと走っていく。追いかけていくリノアの視線が気になって、聞いてみた。
「見に行きたい?」
「ん、いいや。そんなにサーカスって好きなわけじゃないし」
「意外だ」
「そう?」
「そう」
ふーん、とリノアはつぶやき、首をかしげた。そんな風に見える?と言いたそうな表情。その顔は少し遠い目をした。
「昔ね、サーカスに行って迷子になったことがあるの」
「へえ」
「なんかそれ以来、あんまり好きじゃなくなっちゃった」
なんだか想像できそうな気がした。さわぎに興奮して、両親の手を振りほどいていく彼女。しだいに見えなくなって姿は、きっと今と大差ないのかもしれない。
リノアはこの年にもなって、迷子になる。興味を持てば俺の手を振りほどいてどこかへ行き、あげくに迷子になって困ることがある。
「サーカスって、だれかと一緒に見るからきっと楽しいけど、ひとりだとちょっと怖かったの」
「そうか」
「経験ない?」
「サーカスに行った記憶がないから」
「そうなんだ」
思えばサーカスの記憶がない。G.Fの影響なのか、それとも本当に行ったことがないだけか。おそらく後者だ。セントラにサーカスは来なかったと思う。
気がつくとピエロがそばまでやってきていて、風船を手渡してきた。さっき「サーカスって好きじゃない」と発言したリノアは、しっかりと風船は受け取っていた。「青いのが欲しい」と注文までつけている。
ピエロは、正常な人間の顔がどんなものであったか思い出せないくらい異常性のあるメイク。だけど一種の愛嬌とつよい色彩が人の目をひく。
笑ったメイクをしているけれど、本人は笑っているんだろうか。近づけば分かることだけど、そこまで興味があるわけでないのでしない。
リノアも化粧をしているけど、こんなに正体が分からないまでにすることはない。
目の周りと、口元にささやかにするだけだ。実際俺はこんな小さな細工なら別にしなくてもいいと思うのだが、それでも「するという意識が大事」らしい。ノーメイクでも彼女は可愛い顔をしているというのに、どう大事なのだろうか。
きっとこのピエロの男の素顔だってきっといいものだと俺は思う。これは勝手な想像だ。だけどリノアに手渡してくる彼は、本当に笑っていたような気がする。さっきアクセサリショップで出会った男も、ピアスをしない姿は、別の魅力があるはずだ。
そんなことをしなくても、あなたは美しい。
誰かそう言ってあげればいいのに。
そうすれば彼らはあんな狂ったファッションで安心せずに済む。あれが好きだというなら別だけれど。
ナチュラルな姿こそがいいという人もいるけれど、まあ別に好みは人それぞれで、強制するのは間違っていると思う。好きな姿であればいい。だからそういうことは口に出さないほうがいいんだと、最近学んだ。
まだ寒さの残る街で、俺の隣にいるリノアはニコニコと風船を見ていた。時々子どもっぽい趣味の彼女の顔には、うっすらと化粧がのっている。だけど俺は彼女の素顔が、好きだ。
―END―
何だかずいぶん趣味に走りまくった感じになって、自分でも驚いています。回りの人曰く、私は変態ですww
タイトルの「ソカオ」なんですが、単純に「素顔」の間違った読み方をしただけどいうものです。ナチュラルな自分って、一体どこからどこまでなんでしょうかね。
てかティンバーってバラムよりも寒いのかなあ。FF8はその辺の設定があいまいなんで、ちょっと好き勝手させていただきました。