夕暮れとともに

 

日が暮れかけた時間、クラウドは窓際に寄って耳をすませた。ほんの少しだけ開けた窓の外から、ピアノのメロディが聞こえてくる。毎日この時間帯にピアノが聞けることを彼は知っていた。
 
繊細で幼いメロディ。いつも同じところで彼女つまずいていしまうことを、少年はもう記憶するほどに聞いている。早いリズムに彼女はついていけなくなる。
 
そう、ピアノを弾いているのは女の子だ。名前も、顔も知っている。でも話したことはほとんどない。だからこんな風に窓際でこっそりピアノを聞くことでつながっている気がした。
 
「・・・・・・・・・」
 
この曲のタイトルを少年は知らない。格調高いクラシックの意味どころか、楽譜の読み方すら知らない。ピアノの形ですらまともに見たことなどなかった。別に知りたいとも思わなかった。ただ、
 
(どんな顔して弾いてるのかな)
 
と思うことがある。手を伸ばして、見てみたい。
 
うずうずとする気持ちを、噛みしめている。なんだか体の中から新しいものが生まれているみたいに。
 
ふと風が吹いて、家の中に吹き込んできた。クラウドの鼻がかすかに動く。
 
(キンモクセイだ)
 
金木犀が、強く香った。隣の家の前に植わっている金木犀だ。黄色く、独特の強い香りがする。
 
クラウドは花に詳しいわけでもなく、ましてや興味もなかったけど、金木犀だけは知っている。一度だけ母に聞いたことがある。たいてい花なんて一度名前を聞いたぐらいでは忘れてしまうけど、これだけは別だった。
 
彼女の家の前に植わっている花だから、大きな興味だった。きっと二度と忘れない。そして、ほかに花に興味を持つことも無いだろうと思っている。
 
クラウドは目を閉じた。強い花の香りと、隣から聞こえてくるピアノの音だけが自分の意識の中にあった。
 
いつもと同じところで、またピアノのメロディが途切れた。クラウドはくすぐったそうに微笑んだ。ピアノの前で困っている彼女の表情が思い浮かんで、なんとなくおかしいのだ。
 
(つづきは?)と心の中でこっそりとからかう。すると彼女は照れてそっぽを向く。少年がよくやるかわいい妄想。満足で心がふかふかする。
 
だけど本当は、
 
窓を大きく開けて、
 
「ねえ、いっつもおんなじところでまちがえるんだね」
 
と言って見たい衝動がある。主張して、こちらを見てくれるなら、きっとそれはうれしいことだ。
 
おれは、きみを、しっているよ。
 
でも声を出してはいけない。今はティファのピアノだけを静かに聴いていたい。
 
淡い気持ちのはかなさをクラウドは知らない。
 
夕日の赤さが窓際の少年の横顔を照らした。色素の薄い髪の毛や、まつげが赤く染まっている。
 
夜がくるスピードで彼の色が変わる。簡単に色が変わってしまう。それは何よりもクラウド自身が白かったからだ。
 
この瞬間はもう取り戻すことは出来ない。
 
少しずつ日が沈んでいって、ピアノのメロディが聞こえなくなった。
 
少年はいつものようにひっそりと窓を閉めた。
 
 
 
―END―
 
少年少女のクラティです。1,000文字とちょっとしかない激短ものです。妄想クラウド君。
あ、ちなみに家の構造とかが思い出せなくって、アルティマニアで確認しましたが、金木犀なんて植わってませんwww二次創作なんで許してください。
 
 
 
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