岩の剥き出た土地も、少し鉱物的な臭いがする空気も、さほど感情を動かされるものではなかったけど、荷物を手渡してくる老人の小さな声だけにかすかな感傷を覚えた。もう70歳に手が届きそうな、枯れた老人。右足が悪いのか、杖をついていた。
 
渡された箱は大きくも小さくもなければ、重くも軽くもない。平凡すぎるダンボールの箱。何が入っているかなんて、注意するものでない限り聞くものではないし、さして興味もない。あて先はエッジの病院だった。いつものように手順を踏んだサインをもらい、料金を受け取る。
 
ふと、こちらを見ている老人の視線に気づいた。
 
「何か?」
 
「いや、失礼」
 
老人は咳払いをした。
 
「今、君はいくつかね?」
 
「24になります」
 
「そう」
 
俺は老人の伏せがちな目を見た。そうして気づいた。
 
この人は老人なんかじゃない。
 
見た目ほど年をとってはいない。
 
瞳がまだ黒々としていて、おそらくまだ50歳ほどでしかない。俺の両親が生きていたら、きっと同じくらいという年齢だ。ミスリルマインのふもとのこの町だから、体に害があったのかもしれない。肌のしわや嗄れた声が常人より年をとって見せているが、本当に年をとっているなら、瞳のふちがもっと灰色になっているはずだ。
 
「娘がいてね」言葉をつむぎだす、乾燥して、ひび割れた唇。
 
「ええ」
 
「君と同じくらいだったからね」
 
「あの」預かった荷物のあて先に、女のものと思われる名前が書いてある。「もしかして、これが?」
 
「そうだよ」
 
老人がうつむいた。想像するに、入院している娘にあてた見舞いなのだろう。この足ではエッジに行くには難しい。だとしてもどうしてこの老人がこんなに寂しそうに感じるんだろう。はげしく興味を持ち始めている自分を自覚した。
 
「・・・・・・・・・」聞きたい衝動がある。だけど唇をかんで制止した。だめだ。めったなことで詳細なんて聞くもんじゃない。しかし老人はそっとつぶやいた。
 
「聞きたいかね?」
 
「・・・・・よろしければ」
 
幸い俺には少し時間があったので、老人の家に上がらせてもらい、茶を出された。
 
「すみません」
 
「いいんだよ、私も少し、話したい」
 
なぜだろうね、と老人はぽつりと言った。
 
「君を見て、君に話したくなった。今までこんなことなかったよ」
 
「そうですか」
 
老人がカップを口元に運んでいく。苦そうな表情を見て、きっとよくない話をされるのだと分かる。
 
俺もカップを持ち上げて、まだ冷めてない茶をなめた。なんというか、知らない味がして、この土地のものなんだと思った。カップをテーブルに置いたときに、テーブルの木目がずいぶんと黒く見えたので、ようやくこの家の様子を見ていなかったことを思い出した。
 
比較的小さい間取りの家だ。家具も贅沢なものはまるでない。むしろ少なく、どことなくくたびれた感じがする。この町は大体そうなのだが、たいていの家が小さく、そして経済的な豊かさが見られない。もともと農業を出来そうな土地ではない。ミスリルマインで働く人が形成する町だったようだ。しかし神羅の台頭からこの周辺はモンスターが増えたらしいから、それでさびれたのかもしれない。どちらにしても、あまり条件のいいところではない。
 
「娘は6年前に出て行ったんだ。ミッドガルに」
 
老人の手が、テーブルの上で軽く握られている。
 
「見てのとおり、こんな町だ。娘はいやだったんだろう。
 あの子は母親を早くになくしていたから、男手ひとつで育てて、私も苦労をかけたと思っている。圧しつけるみたいにして育ててしまったから、恨んだんだろう。
 最後は喧嘩別れだったよ」
 
俺は老人のたこや傷の多い手を見ていた。その手が老人の顔へと移動して、目元を覆った。泣いているのだ。
 
「人づてに、入院していると聞いてね。もう長くないそうだ」
 
「・・・・・・・」
 
「私の足では会いにいけない。だからせめて代わりに何か送ろうと思って、それを」老人は先ほどの荷物を指差した。
 
「分かりました」
 
「頼んだよ」
 
「ええ」
 
老人に茶の礼を述べて、軽く会釈をしてその場から離れた。でも、家を出ても、バイクにまたがったときも、町を出た後でも、老人の話が頭から離れなかった。
 
老人の悲しそうな顔を想った。
 
遠くで死んでいく娘。
 
どういった心境だろう。気がつくと唇を噛みしめていた。スピードの出しすぎに注意する。バイクのエンジンのけたたましい音。振動、埃っぽい空気抵抗。振り払ってしまいたい気分だった。
 
今日の仕事を終えて家に帰る。足取りが重い。時間も早くないし、今日は早く眠ろう。でも果たして眠れるだろうか。
 
家の入り口でいつものようにティファが出迎えてくれた。いつもよりほっとして、疲れているのを自覚した。
 
「疲れてるのね」
 
「分かるか?」
 
「うん、ちょっとクマが出てるよ」
 
「うそー」
 
「うそよ」
 
顔の筋肉が動くのを感じた。今日はじめて笑ったかもしれない。家の外じゃめったに笑わないし、今日の状況ではなおさら。
 
「何かあったの」
 
「・・・・・・クマでも出てるか?」
 
「そうじゃないけど」
 
嫌なことでもあった?とささやかれて、悲しくなる。きっと表情に出ているのだろう。
 
ティファに話してみようかと思ったけど、何だかうまく感情が制御できてない自分がいるのが分かっていたから、言わないことにした。正気じゃない発言が、彼女を傷つけてしまうことを俺は知っている。
 
「ちょっとね」
 
「うん」
 
「嫌なことがあったんじゃないけど、ごめん、今は話せない。うまく言えそうにないんだ。だから待っててほしい。大丈夫だから」
 
「分かった。お風呂わいてるよ」
 
「ありがとう、それと」
 
「ん?」
 
「キスして」
 
びっくりした顔の彼女に、安心して目を閉じた。口元を意識していたら、頬に柔らかい感触があったので、今度は俺がびっくりした。いじわるな表情が目の前にある。
 
「ひどいな。期待してたのに」
 
「帰ったらすぐにうがいするって約束したの、子供たちと。風邪が流行ってるでしょう?」
 
おいおい、俺はばい菌か?
 
「知らないぞ、そんなの」
 
「お風呂入ってきて」
 
「うがいして、キスしてからだ」
 
はいはい、と言いながら俺を家の奥に押しやってくるティファの声と手のあたたかさが、今日の感傷を輪郭づけた。思ってみれば可笑しい話だ。俺には実際に何もなかったのに、傷つくだなんて。
 
「ティファ」
 
「今度はなーに?」
 
「今日そっちの部屋で寝てもいいかな」
 
「いいんじゃないかしら」
 

――――――――甘えん坊さん。

 
それは小さな呟きで、もしかしたら俺の頭の中で鳴った言葉かもしれなかった。今の自分をそんな風に思っている。背中に抱きつかれて、こんな細い人に甘えてる自分を皮肉に思った。洗面台でコップに水をそそいでうがいを済ませたら、約束どおりキスをする。触れるだけの、形式的なキス。でもそれで十分だった。
 
「今晩の私は、おめかししてるべき?」
 
「さあね」
 
脱衣所にたどり着いて、扉をあけると、風呂の熱気と湿度が体を包む。バイクの移動のせいで、埃っぽい自分。洗い流せるだろうか。
 
 
 
 
 
 
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