どこかカメレオン

 

アルコールのにおい。しなだれかかってくるリノアが重い。宴会とかって基本的に嫌いだ。

 

べろべろに酔ったいつものメンツ。今日のゲストのラグナとその一行。夜のガーデンの食堂を借りて、みんなで酒を飲んでいた。クレイマー夫婦は先ほど引き上げたばかりだ。

 

(帰りたい・・・・・・・・)

 

スコールはため息をついた。部屋に帰りたい。

 

酒が入ってテンションが妙に高くなったり、低くなったりする様を見るのが好きじゃない。

 

腕を絡めてくるリノアは笑い上戸だ。アーヴァインはなぜか泣いている。ゼルはすでにつぶれていた。あとは大抵がだらしないハイテンションか、ちょっと気持ち悪そうにしている。

 

スコールは瓶ビール2本あけた。一人で。それでもスコールはまだ正気だった。ふわふわと酔ってはいたけど、自分が意識できる。

 

ただ、リノアが本当にやかましい。「あたしの酒が飲めないのか!」とか「もっと飲めコノヤロー」とか、乱暴でオヤジくさいせりふをわめいてくる。耳元で大声出されると、けっこう痛い。

 

頼むから、人前でポッキーゲームしようとか騒ぐのはやめて欲しい。調子に乗った周りの連中が「やれやれ!」とか言うに決まっているから。

 

そして一番厄介なのが、リノアがラグナととても親しげにしていたことだった。自然、スコールもラグナと絡むことが多くなる。あまりいい気分にはなれない。嫌いなわけではないけど、まだこの男とは距離のとり方が分からないから。

 

向こうはそれを分かっているのかいないのか、肩を叩いてきたり、ラフな言葉で話しかけてくる。垣根のない、親しすぎるこの態度は少し苦手だった。酔っているのもあって、よけいくだけている。

 

「スコール、ビールが好きなのか」

 

「まあ」

 

「若いのに、おっさんみたいな趣味しやがって」

 

リノアがぐいぐいとしがみついてくる。重たくて苦しいけど、「重い」と言えば彼女はいつでも怒り狂うから、言えない。ましてやこんなに酔っている時だ。下手に刺激すれば何が起こるかわからない。

 

「やだ、スコール。まだ十代なのに」

 

「悪かったな」

 

ツンと目線を持っていった先でラグナと目が合う。反射的にそらした。目を合わせたくないのは、いつものことで、誰でも同じだ。

 

「あー、目ぇそらされたし。ショック」

 

「大丈夫。いっつもこうだから、大丈夫なの」リノアは今度は頬をくっつけてきた。彼女が飲んでいたビールのにおいがした。酔っているとはいえ、くっつきすぎだ。しかも人前で。

 

「はなせ」

 

「いやあ」

 

彼女はばたばたと抵抗した。抵抗を通り越してばたばたした。誰かがへろへろと笑ってる。視界の端ではセルフィが舟をこいでいる。

 

ちょうどいい時間らしい。リノアのばたばたをきっかけに、宴会はお開きになった。みんな危ない足取りで各自の部屋へと戻っていく。

 

それでもリノアはスコールを離そうとしない。しかたなく、彼は彼女を自分の部屋に連れ込んだ。この人は寝相がひどいからあまり一緒に寝たくないのが本音だが、今日は一人にするほうがいろいろと危なそうだ。

 

べろべろに酔ったリノアはすぐにベッドに倒れこんだ。今にも寝入りそうだった。このままここで眠るのはかまわないが、とりあえず起こして歯だけは磨かせた。

 

自分も酔っているから(程よく酔いが回っていて、一番気持ちいいところだ)、簡単に寝支度を済ましてベッドに向かおうとすると、ドアがはげしくノックされた。

 

出てみると、ラグナがいた。

 

「・・・・・・・何か?」

 

「おー、入っていいか」

 

「あんた、自分の部屋があるだろう」

 

ゲストには、客室があてがわれているはずだった。

 

「場所、どこか分からない」

 

「キロスとウォードは?」

 

「いない」

 

はぐれたか、置いていかれたのか。どちらにしてもこの足取りでは客室へは行けないだろう。

 

「入っていいか」

 

「嫌だ、出てけ」

 

「つれないな、なんで」

 

「嫌だからだ」

 

スコールは部屋に入ってこようとするラグナを押し返した。リノアがベッドで寝ている。別に恋人同士だということは知られているから問題ないのだけれど、なんとなく嫌だった。女を連れ込んでいるなんて言われた日には、たまったもんじゃない。

 

「ああ、もう!入ってくるなって!」

 

「やだやだ、入るもんね」

 

「何でだよ」

 

「一緒に寝ようぜ」

 

「絶ッ対嫌だ」

 

「絶対?絶対!?」

 

チクショウ。面倒くさいな、こいつ。

 

思わず舌打ちした。

 

ラグナはほとんど崩れかかっている。肩を抱えて、客室まで連れて行くことにした。

 

もちろん連れて行くまでが苦労した。突然「吐きそうだ」としゃがみこんだり、何度聞かせても静かにしなかったり。

 

「おい!スコール!どこ触ってるんだよ、やらしいやつだな」

 

「黙ってろ」

 

もう冗談やちょっかいも無視することに決めた。そっぽを向いて、目的地に向かう。

 

ラグナは楽しそうに鼻歌を歌っている。原曲を知らないが、音が外れまくっていることは分かる。

 

メロディは不快だったが、歌っている間はおとなしかったので、そのままにしておいた。客室のドアが見えるところまで来る。ラグナは不意にこちらを向いた。

 

そっと、

 

手が、スコールの頬に触れた。

 

「!」

 

びっくりしてラグナを突き飛ばした。ラグナは鈍い音を立てて転がる。

 

スコールは驚いていた。心臓が暴れている。呼気と吸気がめちゃくちゃになる。瞳孔がひらいていた。寒気がする。

 

頬に、指先の感触が残っている。ごしごしと、こすった。

 

「痛ってえなあ、何するんだよ」

 

「あんたこそ、何するんだ」

 

「スキンシップ」

 

「やめろ」

 

全身に鳥肌が立っていた。

 

・・・・・嫌だ、嫌だ!

 

何だったんだ今のは。

 

嫌だ!嫌だ!!!

 

「ちょっと、手かしてくれ」

 

腰を打ったらしいラグナが、手を差し出している。立ち上がらせろ、というサイン。半秒迷った末、手を差し出す。握った手が温かくて、それがかえって妙に思えた。

 

ラグナを客室に放り込むと、逃げるようにそこから出た。客室を出る間際、背中に「おやすみ」という言葉がぶつかったが、返さなかった。走りたい衝動を抑えて自分の部屋に帰る。

 

部屋に戻ると静かな寝息が聞こえる。リノアはぐっすり眠っていた。気持ちよさそうな寝顔だった。

 

頬に違和感を覚えて、触れてみた。さっきのラグナの指の感触が、そこに残っている。手のひらでこすっても、何故だか消えなかった。

 

孤独感が急に襲ってきて、スコールは泣き出しそうになる。

 

 

 

 

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