どこかカメレオン(2)

 

 

次の日、起きてからも、ラグナの指の感触が頬から消えない。

 

リアルに思い出せる。五本の指、手のひらに、人間が持つ体温。わずかに乾いた皮膚の感触。やさしく、愛情のこもった指先。こちらに差し向けられた、感情。

 

ごしごしこすっても、そこにはっきりと残っている。

 

ラグナは、自分に好意を持っているのだと、あのときフィジカルに理解した。だけどそれがとても怖いと感じた。どうしてラグナが自分のことを好きになれるのか、全然分からないから。

 

ボディータッチは嫌いだ。それはリノアにしか許していない。

 

人間の持つ、体温や湿り気、感触を感じると、ぞっとする。理由はよく分からないが、とにかく嫌いなのだ。他人を強烈に意識する自分の性格なのかもしれないし、いわゆる潔癖で、単にそういう感覚に敏感な神経なのかもしれない。

 

隣で寝ていたリノアが、もぞもぞと動いた。どうやら起きたようだ。スコールはじっとして、この一人用ベッドから落ちないようにしている。リノアがのんびりと背伸びした。次いで、あくび。

 

この人には、ふれられてもそれほど嫌ではない。むしろ時々自分からする。さわる、ハグする、キスする、その他いろいろ。

 

それはリノアが自分にとって特別な人間だからだと分かっている。

 

同時に、自分からの好意を除いてしまえば、この人も他の人も、大して違わないことも分かっている。

 

ベッドから抜け出た。どうにか落ちないようにしていたが、もう限界のようだ。リノアが寝返りをうった。

 

起きたついでに身支度をする。今日は仕事がなくガーデンから出ないが、かといってこのまま寝付くのも健康的じゃない。一日だらければ、体はずいぶんなまる。着替えて、洗面台へ向かう。

 

顔を洗う。ざぶざぶ洗う。こうすれば、頬にある違和感が取れるはずだ。

 

「・・・・・・・・」

 

水が冷たい。顔をぬぐう乾いたタオルの感触。深呼吸。歯磨き粉を多めにつけて、歯を磨く。

 

歯を磨いている間、じりじりと頬に何かを感じていた。

 

ダメだ。意識すまいと考えれば考えるほど、わけが分からなくなっていく。洗面台の鏡に映る、眉間にしわを寄せた自分の顔。あまり口を開けて歯を磨かない。

 

「ねえ、なんで起きてすぐハミガキするのー?絶対気持ち悪いでしょ」

 

のんびりとした、寝起きの声が背後からかかった。口をゆすぐ。

 

「しないほうが気持ち悪いからだ」

 

「いっぺん試したほうがいいよ」

 

「もう試した」

 

「それで?」

 

「こっちのほうが俺には合ってる」

 

だいたい朝食をとってから歯磨きする人が多いが、スコールは出来ない。食べてすぐに歯を磨くと、どうも食べたものをもどしてしまう。それに朝起きて歯を磨くといい具合に目が覚める。

 

「リノアもしてみろ、すっきりすると思う」

 

「やだ、スコールの歯磨き粉、からいんだもん。ミントつよすぎ」

 

「これがいいんだろ」

 

洗面台を彼女にゆずって、ベッドへ戻った。案の定、ぐちゃぐちゃである。

 

ベッドを直しながら、昨夜のことを反芻した。手が、頬をごしごしとこすっている。

 

身支度を終えたリノアとふたりで朝食をとりに部屋を出た。食堂までの道のりでも、食事の最中でも、妙な気分は変わらない。

 

そういえば、ラグナたちは、早朝にエスタに帰る予定だった。その時間はもう過ぎている。

 

部屋に戻ってからも、何かする気が起こらない。ベッドに腰掛ける。ぼんやりした気分だ。

 

「何かあったね」

 

リノアがそばまで寄ってくる。顔をのぞきこまれて、おもわずそらした。

 

「「・・・・・・・別に」」

 

声が重なった。最近彼女はスコールが「別に」と言うタイミングを合わせるのがマイブームのようだ。にこにこして、隣に腰掛けた。

 

「ほっぺたが、どうかしたの?」

 

「・・・・・・・・」

 

いつ見ていたんだろう。いつ分かったんだろう。人が妙だと気づくほど、自分の行動は目立ったのか。

 

「変だったか」

 

「そういうわけじゃないけど」

 

「・・・・・・・・」

 

リノアは、まっすぐこちらを見ていた。だけど強制するような雰囲気ではない。

 

「・・・・・・・・昨夜」

 

気が乗らなかったけど、話し始めると自分でも驚くほどすらすら話せた。ラグナにまだ馴染めていないこと、急にさわられて驚くほどに嫌だったこと、頬に感触が残り続けていること。

 

リノアは静かに聞いてくれた。小さくうなずく程度で、話をせかしたり、茶化したりしない。

 

話し終えて、リノアは小さい声で言った。

 

「ねえ、スコール?」

 

「ん」

 

「ラグナが、すき?」

 

「・・・・・・分からない」

 

首を振った。分からない。あの男は確かに自分の父親だけど、それだけで無条件で好きなるには、スコールは臆病すぎる。簡単に誰かを好きにはならない自分の性格。

 

「でもそれが普通だと思う。だって、お互いなんにも知らないんだし。知ってたとしても、きっとそれはただの情報だよ」

 

「情報?」

 

「うん。他人がどう言ったって、その人がどう感じるかなんてわかんないし。やっぱさ、会って、話してその人がどんな人か分かるじゃない。好きか嫌いかなんて、そこからでしょ」

 

思えばラグナと会ったことはそんなにない。二人で面と向かって会話をしたことなんて、ほとんどないはずだ。

 

リノアが笑って、ニッと歯を見せた。

 

「私たちだって、そうだったでしょ?」

 

「・・・・・・・・」

 

そうかもしれない。リノアの言うとおりだ。

 

「大丈夫」

 

彼女はそういって、スコールの耳にキスした。ゆっくり唇を離しながら、彼女は囁いた。

 

「ねえ、ラグナはきっと二日酔いがひどいはずだから、もう一日ガーデンに残ると思うよ」

 

5分後、スコールは客室まで続く廊下を歩いていた。ラグナに会うつもりだった。ときどき頬をごしごしとこすった。

 

リノアと一緒にいて学んだことは、するかしないか迷ったときは、したほうがいいということだ。

 

目的のドアの前に立ち、深呼吸をした。ノックをすると、返事があった。

 

部屋に入ると、ラグナはベッドの上で苦しそうにしていた。二日酔いらしい。リノアの予想が当たった。

 

「二日酔い?」

 

「そう、ばっちりな」

 

「あとの二人は?」

 

「予定どおり帰った。おいてきぼりにされたんだ、俺」

 

「・・・・・・・・・」

 

うまく返答が出来ない。立ちっぱなしもなんだと思って、ソファに腰掛けた。するとラグナが立ち上がった。ふらついている。

 

「ちょい待ってろ、顔洗ってくる」

 

「つらいなら起きなくても」

 

「俺に話が会って来たんだろ」

 

「・・・・・・・・・」

 

口が何かを言いかけて、やめた。

 

別に、話があってきたわけではないのだ。だけど、話しに来た。自分の中の小さな矛盾に気づいて、スコールはうつむいた。

 

ラグナが顔を洗いに行っている間、考えを整理してみることにした。

 

俺は何のためにここに来ているのか。ラグナと話すためだ。

 

なぜ話そうとするのか。ラグナを知るためだ。

 

だけど何を話そうとしているのか。何を知りたいのか。・・・・・・・分からない。その理由が分からない。

 

頬にある違和感の原因はラグナのせいだ。取り除きたい。しかしそれだけなのだろうか。

 

・・・・・・・・・・本当は、

 

本当はもっとラグナを理解したい。正確には自分とラグナとの関係性を。

 

大体ラグナとは自分にとってなんなんだろう。父親、以前ジャンクションした男、エスタの大統領、友人、それともただの知り合い。たぶんこれだけではない。だけどどれも当てはまらないような気がする。

 

きっと本当に知りたいことはこのことなんだ。自分との関係性を理解したい、整理したい。肩書きに当てはめようとすればするほど、無理やり嫌いなものを飲み込ませられるような気分になってくる。ラグナと会うのが苦痛になる。だからもっと、クリアで、安心できて、自分たちに適切な関係性が欲しいのだ。

 

考えているうちに、ラグナが戻ってきた。向かいのソファに座る。

 

 

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