「・・・・・・別に」
「ん?」
首をかしげている。当たり前のリアクションだった。
顔を上げると目が一瞬だけ合った。否、合ったとき自分からそらした。
いつもこうだ。目をのぞかれるとすくんでしまう。自分を盗み出されるような、抜き取られるような気がするのだ。なんだかこわい。
首をかしげたラグナに、何を言えばいいのか、何から言えばいいのか分からない。だけど黙っているのももう出来ない。正直に、思ったことから話そう。
「俺はラグナに会うのがいやだった」
じっとラグナがこちらを見ているのが分かる。目を合わすことはやっぱり難しく、スコールは耳の辺りに視線を置いた。
「でもそれはラグナが嫌いって事じゃない」
「そうか」
「・・・・・・・・」そのままスコールはまた黙った。次の言葉が見つからない。
先に口を開いたのはラグナだ。
「俺は、会いたかったよ」
「・・・・・・・・・」
「会って、たくさん話がしたかった。いろんなことが知りたかった」
「そうなのか」
「そう。だから昨日来たんだ。仕事無理やり抜けて」
(仕事はしろよ。)とスコールは心の中で思ったが、なんとなく口にはしなかった。
俺のことが知りたいだって?それはこっちのせりふだ。あんた一体俺の何でありたいんだ。
それでも言葉が口から出てこない。スコールは自分がもどかしくて少しいらいらした。だけど対照的にラグナは明るい声を出した。
「とりあえず、好きなものが知りたい」
「好きなもの?」
「そう、好きなもの。なんだっていい」
ラグナは身を乗り出していた。強い目の表情。この顔はスコールにはない。むき出しの興味にたじろいで、スコールはおもわず顔ごとそらした。
「アクセサリーがすきって聞いたぞ」
「カードも」
「そうか」
「本だって好きだし」
「うんうん」
「長風呂もすきだ」
「長風呂が?」
じいさんみたいな趣味しやがって、とラグナはつぶやいた。相変わらずスコールはよそを向いていたが、ラグナがこちらを見て微笑んでいるのが分かる。
「スコール?」
「?」
「風呂、熱い湯が好きか」
「かなり」
「そうだろう。ジャズは好きか」
スコールは少し身を固くした。自分が何を聞かれているのか、気づき始めた。
自分は実験されているのだ。どうやら母親に当たる人物と、比較されている?するとなんだか動物が模様を観察されている気分になった。
「わりと」
「昼寝は?」
「それは、あんまり」
ラグナが上機嫌なことが声音から伝わってくる。スコールはどきどきしていた。こんな風に自分にものさしを当てられること大嫌いだった。だけど普段は不快でしかない問いかけも、今はなぜかゲームのような気持ちでいる。ラグナの言葉にはそういうメッセージが含まれている。反応を見て、またアクション。それは新しく自分を自覚させる。今まで体験したことのない、不思議な感覚だった。
「イチゴは?」
「まあ」
「動物とかだったら、何が好き?」
「・・・・・・・猫かな」
「雨の日が好きか?」
「けっこう」
「名前は?」
「は?」
意味を捉えかねて、スコールはおもわずラグナを見た。そこで驚いた。ラグナは、笑っていなかった。
「『スコール』っていう、名前。好きか?」
「・・・・・・・・・」
考えたことのないことだった。自分の名前が、好きか。
「・・・・・・・別に」
「俺は、好きだよ」
「・・・・・・・・・」
これ以上は何も言えない。俺は、ここに何しに来たんだっけ、そう自問してみたが、答えが出ない。先ほどはそれが出ていた気がするが、会話の中でそれは失われてしまった。
ゆっくりと頭をなでられた。その手が、慈愛というものに満ちているのを感じて、スコールはまた固まった。変な感じだ。この手は昔ママ先生がしてくれたようにスコールの頭をなでるけど、ママ先生に比べるとずいぶんごつごつした手だったからだ。違和感に、震えそうになる。新しいものはいつだって、怖いと感じる。
手を振り払いたかった。
心臓が、ものすごいビートを打っている。何だか目も痛い。
手を振り払えないのは、ラグナが自分に対して特別な好意を持っていると知っているからだ。
「スコールって名前はな」
「うん」
「レインがつけた」
「・・・・・・・・・」
ラグナは手をひっこめた。スコールが目線を落とした先の自分の手。身長の割りにずいぶんと小ぶりにできた手だ。自分の頭をなでていたラグナの手とは、ずいぶん形が違う。レインという人は、もしかしたらこんな手の持ち主なのかもしれない。
「どんな人だった?」
「変わった人だったよ。だけど可愛いひとでさ」
(どんな人だよ)と心の中でスコールはつっこんだ。変わっているが、可愛い人。想像できそうで、できない。
「やさしくて、頑固で、意地っ張りで、こわがりで」
「・・・・・・・・・」
「真面目かと思ったら、突然変な理屈を言うときがあったり。急に機嫌が悪くなったり、元気になったり」
ラグナはゆっくり話す。思い出したことを再現するように、言葉で何か織り上げるみたいに。
「あの人も雨が好きな人だったよ。
午後から急に降ったりなんかするとさ、面倒だっていいながら、うれしそうに洗濯物とりこんでたっけ」
確かに変わった人だ。変わっていると言うより、珍しいタイプだ。だけどそれを「可愛い」というラグナのほうが、もっと変わっていると思った。
ふと、思い出したことがある。以前キロスに「母親に似ている」と言われたことだ。あれは、見た目を指しているのだろうか。自分とラグナは、さほど似てない。
「見た目は?」
「見た目?」
「キロスが似てるって」
「そうか」
レインと言う人の顔を、まったく知らないわけではない。ラグナにジャンクションしたとき、見たことがある。だけどあまり思い出せないのだ。部分的には思い出せそうだけど、意識すればするほど、かすんだように分からなくなる。
ラグナが手を伸ばした。スコールは、びっくりしたけど、もう手を振り払おうとは思わなかった。
スローモーションで近づく。
そっと、
手が頬に触れた。
温かい。
「母さんとそっくりだよ」
・・・・・・・・・・・・。
「なあ」
スコールの唇が震える。まっすぐラグナを見返したままだ。
「うん?」
「・・・・・・・・・ずっと」
ここで言葉をのんだ。
ずっと前から聞きたいことがあった。
ぐっと喉がつまる。これを聞けば、もう戻れない。それがいいのか悪いのか分からなくて、怖い。
「・・・・・・・・・・・・」
「スコール」
「・・・・・・・・何て」
「?」
「何て呼んだらいい・・・・・・・・・?」
ラグナが目を見開く。
言ってしまった。
ラグナは、沈黙。驚いた表情を伏せて、ここからは考え込んでいるように見えた。スコールは後悔で顔を真っ赤にした。
呼吸がくるしい。
だめだ、やっぱり言うんじゃなかった。聞くんじゃなかった。
「スコール」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・『ラグナ』のまんまでいいよ」
先ほどまで頬にふれていた手も、ひざの上に戻っている。いつのまに。だけどそれを思い出す余裕もなかった。
ラグナのまんまでいい。
その言葉に、スコールはただ黙ってうなずいた。唇を噛みしめる。今ここで「うん」と声を出してしまえば、きっと自分は泣き出してしまうと思った。
そのまましばらく二人は黙ったままうつむいて、まだぎこちない空気を味わっていた。
結局ラグナが帰ったのは午後を大きくまわってからだ。「帰ったら仕事が山積みだ」とぼやくラグナを、スコールはガーデンの出口まで送った。出口にはエスタからの迎えの車が来ている。リノアもついてきてくれた。この人はラグナに本当によく懐いている。手を握って、「また来てね」と声をかけていた。
最後にラグナはスコールの肩をたたいた。「元気でやれよ、また来るから」
スコールはうなずいた。視線を合わせた先のラグナは微笑んでいる。
「エルがさ」
「うん」
「会いたいって」
「分かった」
「電話してやってくれ」
ラグナが車に乗り込む。窓から身をのりだして、手を振ってくる。車が発車してからもそのまま手を振り続けているので、傍目から見るとちょっと危なっかしい。
リノアが大きく手を振って、スコールも控えめに、手を振り返した。
車は遠くに行って、見えなくなる。スコールはほんの少し安心した。それでいてたまらない気分になった。これをなんというのだろう。
ラグナに会うのが嫌だった。一人で生きて行こうという幼いころの誓いを、無効にしてしまう人だったから。拠り所になりえる人だから。
必死で造った殻をぶち抜かれて、最初はかなり混乱した。自分はひとりだと思っていたのに、ラグナの存在だけで強制的にそうはいられなくなる。リノアのように自分から手を伸ばしたのとは違う。
「ねえ、スコール?」リノアは手を握ってきた。
「ん?」
「会えてよかったね」
握った彼女の手は、とても温かい手だと思った。
「次は、私たちのほうから会いに行こう」
「うん。・・・・・・・・」
ラグナと似ている、あたたかい。
人はこういうあたたかさを、なんというのだろう。
うつむかず、スコールはそのまま前を見続けていた。その頬を涙が伝って降りていった。
―END―
あとがき
お酒は二十歳になってから。あんまり人のこと言えた立場じゃありませんがww
今回のテーマは「関係と気持ち」です。小説書いている以上当たり前の話なんですが、今回特にフォーカスしました。当たり前に親子って、あらためて考えると恵まれてます。こんなクサいこというのもあれですが、家族ってやっぱりありがたいです。